静岡新聞論壇

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7月27日

メーンバンクの責任

世の中は「救済」と受け取る

企業が倒産しそうになると、銀行は貸付債権の一部を放棄して、再建を助けるものだ。もし倒産すれば、貸付債権の大部分が戻ってこない。銀行は債権の一部を放棄し、残りを厳しい再建計画に沿って返却して貰った方が得だ。メインバンクが債権放棄と再建計画のリーダーシップを取る。それはメインバンクは企業の経営内容を熟知しており、他の銀行はメインバンクの審査能力を信じて融資していたからだ。メインバンクの債権放棄額は当然他の銀行のそれよりもはるかに大きい。

そごうのメインバンクであった興銀は、70の金融機関が合計で6300億円の債権を放棄するという計画を纏めた。準メインバンクの新生銀行は要求された多額の債権放棄を拒否し、長銀買収に際して、金融再生委員会と結んだ「瑕疵担保契約」を援用して、そごうに対する貸付債権を預金準備機構に売却した。

そうなると、国家機関である預金準備機構が新生銀に代わって債権を放棄しなければならない。それは国家が私企業のそごうを救済することになるので、世論が激しく反対した。その結果、預金保険機構の債権放棄は中止され、そごうは民事再生法の適用を申請し、事実上倒産した。 

金融再生委員会は前から興銀主導の債権放棄によるそごう救済案に賛成していた。それは弱小金融機関の救済になるからだ。そごうには150の金融機関が融資していた。そのうち、約80の金融機関はそごうが倒産して貸付金が回収できなくなれば、赤字決算に落ち込み、下手をすると預金が流出して、生存が危うくなりる。

興銀は、自ら約1900億円の債権放棄を行い、新生銀行に970億の放棄を迫り、弱小金融機関の債権は保証されるいう案にまとめた。それは弱小金融機関は興銀にとって金融債の重要な販売先であるからだ。彼らは興銀がメインバンクであるから、安心してそごうに融資した。興銀は彼らの信用を失わないように責任を取った。それはその他の金融機関に信用されることになる。

金融再生委員会は、弱小金融機関の破綻によって混乱が起きることを恐れたので、新生銀行が債権放棄に応じないならば、保険準備機構がその債権を買い取った後に、債権放棄することを決意した。ところが、世の中はそれをそごうの救済だと受け取った。

日本的しきたりに従わず

自民党の亀井総務会長の判断によって、この債権放棄案はアッという間に葬られ、そごうは実質的に倒産した。これによって救われたのは実は興銀だった。そごうには膨大な借入金があり、そのうち6300億円が放棄されても、未だ1兆円以上の借入金が残っている。興銀はそごうの経営を支えるために追加融資を続けなければならない。デパートは衰退産業であるから、そごうの業績が回復せず、興銀が大打撃を受け、危うくなる可能性が大きい。そうなった時には確実に金融危機が再発する。そごうを破産させ、その危険性をなくしたのは正しい選択だった。

そごうの倒産によって150の金融機関に膨大な貸し倒れが発生した。日銀はそれに伴う金融不安を除くために、ゼロ金利政策を延長した。幸い景気が上向いてきたので、金融不安は避けられそうだ。

新生銀行は、外資の銀行らしく、債権放棄という日本的なしきたりに従わなかった。新生銀行をメインバンクにしている業績不良企業は、債権放棄に応じて貰えないから、倒産する可能性が大きくなった。それらの企業の株価は暴落した。新生銀行は巨額な公的資金の投入によって、不良資産が少なくなっている上に、「瑕疵担保契約」を結んでいるので、日本で最も資産内容のいい銀行であるが、今回の行動によって、すっかり企業の信頼を失った。今回の事件によって、メインバンクは企業再建の責任を取らなくても良いことが公認された。危ない取引先企業のメインバンクはこれから次々に手を離すだろう。

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