静岡新聞論壇

2005年 

ソフトの優位で技能が弱体化

予想外の事故相次ぐ

企業が、正確で長持ちする製品作りを志したハードの時代には、工場現場に蓄積された技能が重要だった。ところがコンピューターソフトが大きな役割を占めるソフトの時代になると、生産が自動化されたので、優れた人材は、工場現場よりも、システムの改良や新しいデータの注入といった仕事をする部門に投入されるようになった。

機械工業では依然として現場職員の技能が重要な役割を果たしているが、その他の多くの産業では、現場職員を訓練して、幅広い知識を与え、同時に現場で生まれた知恵を尊重するという伝統が薄れた。そうした結果、予想外なところで、大事故が発生するようになった。

昨年(今年)を振り返ると、福知山線事故の原因は、過密ダイアと現場の能力不足だった。そのすぐ後に、羽田空港の管制官が閉鎖中の滑走路に、着陸を指示するという事件があり、運が悪ければ大事故が発生するところだった。国交省によると現場管制官の過労が原因だという。

証券市場ではみずほ証券の発注の入力ミスと、東証の取り消し不能というシステム上の欠陥が相乗的に作用して市場が混乱し、日本の証券市場が国際的信頼を損うという未曾有の事件が発生した。みずほ証券には発注の入力をダブルチェックする制度がなく、また東証には、異常な発注を予想したシステムを組んでいなかった。金融界の現場では、昔から常識だったチェックが、制度やシステムに組み込まれていなかった。

また、いろいろな分野で、細かなコンピューターミスが目立っている。例えば、男子のフィギアースケートの全日本選手権試合では、コンピューターの採点計算ミスがあり、表彰式後に1位と2位が逆転した。現場にいたフィギアースケートの審判やコーチは専門家であり、かつこれはトリノオリンピック派遣に影響する重要な試合であるから、誰かコンピューター計算がおかしいと気が付くはずだ。しかし、実際には「現場の感」がものを言わなかった。

最も酷いのは「姉歯事件」であり、構造計算はコンピューターソフトに依存していた。それをチェックすべきシステムが全く機能していなかった。検査機関は書類で審査するだけであり、施工業者は鉄筋が細く少ないことにも気づかなかったという。もっとも、施工者は知っていたが、黙っていたという説がある。とにかく、ここでは、「現場の知恵と良心」が、消え去っていたらしい。

これでは、自治体が地震対策を整えたつもりでも、実際には、欠陥建物が次々に倒壊して消防車の道を塞ぎ、焼死者が増えるという事態が生まれかねない。

優秀な人材を現場に

年末に、新潟県では豪雪のため65万戸が停電した。中には、30時間も停電が続き、暖房が切れたまま、暗く寒い夜を過ごした地域もあった。また羽越線では、猛吹雪の中で特急列車が脱線して4名もなくなった。

気象庁は、気象衛星から送られるデーターをコンピューター分析した結果、今年は暖冬だと予想を発表した。ずっと、暖冬が続いたので、当然過ぎる予想だった。しかし、実際には厳冬になり、慌てて修正した。

東北電力やJR東はすっかり暖冬に慣れ、雪対策を暖冬に合わせていたに違いない。また厳冬・豪雪時代に現場で働いていた人が退職したので、猛吹雪が何日も続いた時における「現場の知恵」が残ってないかもしれない。

日本経済は大型の景気回復を続け、企業は収益の膨張とともに設備投資意欲が強まり、今後IT化の深化によって生産性が一層向上しそうだ。それだからこそ、優秀な人材を現場に送り、また現場の意見を吸収して、か細くなった日本経済に活力を与えたいものだ。

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