アジア動向

静岡新聞論壇 2月4日掲載文

「世界の警察官」引退の米国

独りよがりの判断

オバマ米大統領は、「今後米国は、世界の警察官にならない」と述べた。米国は、今まで世界の警察官として働き、大きな犠牲を払ってきた。警察官たるには、正義に基づいて行動しなければならない。米国の正義は、自由と民主主義の世界の実現にあり、海外派遣を厭わなかった。しかし米政府は、現地の生きた事情に疎いので、昔から独りよがりの判断によって、頻繁に間違った行動を起してしまった。成功したのは、日本占領だけだった。

古い話であるが、朝鮮戦争では、マッカーサーは設立早々の中国を全く甘く見て、鴨緑江岸まで攻め上った。これに対して中国軍は、夜中ひそかに大砲を分解して、北朝鮮の山岳地帯に運び、夜、米軍へ集中砲火を浴びせ、いったん退却して米軍を奥地に誘い込み、攻撃した。米軍は、その戦略に軽々とはまってしまった。

ベトナムでは、第二次大戦後まもなく、インドネシアでホー・チ・ミンの勢力が拡大した時、米国は、ソ連がバックに控え、アジアを共産主義化していると判断し、共産化のドミノ現象を防ぐために、大兵力を投入した。

しかし、ベトナムの農民は、共産党の運動とは全く関係なく、先祖代々受け継いできた田畑を守ってくれる政府を支持しているだけであり、それがたまたま、ホー・チ・ミンの支配下であったに過ぎなかった。米兵は、アジアにおける共産主義勢力の拡大を防ぐために、ベトナムに派遣された。ベトナム人にとってみると、米兵は、命より大事な田畑をつぶし、燃やし、枯れ葉剤を散布する悪魔のような兵隊であり、村を挙げ命をかけて戦うべき敵である。ベトナムの農民は、落とし穴、弓矢等、原始的な手段を使い、軍事需要物資は、山岳地帯に作られた小径を通って(ホーチミンルート)、夜、各地に運搬された。

ホーチミン市郊外のクチの地下要塞には、数万人の兵士が立てこもり、蟻の巣のような縦横の連絡路の出入り口は、草で覆われた小型の穴であり、米国人は入れない幅である。

米軍は、約3年間に全力を投入して、広島原爆の300個を超える爆薬量の爆弾を投下し、ベトナムの風景を月面のように変えたが、結局、約6万人の米兵とベトナム人300万人が犠牲になり、米軍は敗れた。

民主主義普及に疑問

米国は自由・民主主義の警察官として、アフガンやイラクでも多くの都市を廃墟にし、膨大な数の死者と難民を生んだが、勝てなかった。

ところが最近、自由と民主主義が、世界に普及するかどうか疑問になってきた。中国のような非民主主義国が見事な経済発展を遂げ、イランのような宗教国家が強大になり、北朝鮮のような小型独裁国家が、原爆とミサイルによって、米国を直接攻撃できる。

また米国内では、シリアのIS(過激派組織「イスラム国」)に同調するテロリストが育っている。今後の世界の警察官は、内外から多様な方法で攻められるだろう。第二次大戦後、米ソ、次いで米国一極の警察官が登場したが、今や、危険が集中する警察官のなり手がいない。問題ごとに複数の国家が集まり、警察官の役目をすることになるだろう。

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