日本動向

静岡新聞論壇 3月17日掲載文

貴重な「和」の国

変わらぬ日本の伝統

日本は世界で最も安全な国である。スーパーで、貴重品の入ったバッグを置き忘れた時でも、急いで元の場所に戻れば、たいていの場合、その場に残っているか届けられている。大都市であっても、夜中に出歩いて襲われる心配はほとんどない。田舎では、畑の隣などに、客が料金箱にお金を入れ、野菜をもらっていく無人の野菜販売所を見かけることがあるが、外国人は大変驚くようである。

NHKのニュースでは、まるで週刊誌のように、多様なテーマを扱っており、内外の政治情勢、中東難民、シリア内戦等と並んで、その週に発生した殺人事件を、事細かに報じている。日常的にテロや殺戮が行われている国と違って、日本は平和な国であるから、一つの殺人事件でも、社会の秩序を乱す重大な出来事になるのだろう。

日本は穏やかな国であり、多くの人が細やかなマナーを身につけているため、社会がスムーズに回転している。例えば、空いているエレベーターでは、次の階で先に降りる人は、軽く会釈する。 混んでいるエレベーターでは、操作盤の側にいる人が、乗ってきた人に、何階で降りたいかを質問し、代わりにストップ階のボタンを押してくれる。ベビーカーや車いすの人がいた場合は、乗降し終わるまで、必ず誰かが、「開く」を押し続けてくれる。こうした細かな作法や助け合いは、ごく当たり前になった。

時々、少しおかしな人がいて、幼稚園や小学校の運動会がうるさいので、スピーカーの使用を止めるように抗議したり、その人の家の付近では、少しの時間だけでも違法駐車すると、直ちに交番に連絡して、レッカー車で運んでもらったりする。しかし私たちには、近所に変わった人が一人や二人住んでいても、彼らの行動に慣れ、波風を立てずに生活するというDNAが刷り込まれているようだ。

ところが、最近一段と多くの外国人観光客が来日しているので、日本の伝統的な「和」が乱される恐れを感ずる時がある。例えば、日本人は周りに迷惑を掛けないように、レストランでは抑えた声で話すが、そこに中国人の団体が入ると、大声でどなるように話し合うので、静かな雰囲気が一挙に乱される。

所得格差縮小が課題

しかし、外国人の観光客や駐在員がどれだけ多くなっても、日本人の周囲との調和を保つという伝統は変わらないだろう。数回日本を訪れた外国人は、東京の下町や地方都市や農村で、人々が、ごく自然に周囲の人と気配りをして生活していることに、興味を惹かれるという。どの家の前の道路も、それぞれの家が掃除するので、いつもクリーンに保たれている。村山富市元首相は、大分市で普通の家に住み、現職の世界の首相の中で、最も貧弱な生活を送っていた。彼は、体面を考えて家を改造したが、それくらいでは堂々たる屋敷にするのは無理だった。韓国では村山元首相の生涯を高く評価している。

外国人観光客には、こうした伝統的な生活ぶりが残る地方都市を訪れる人が多くなった。

ところで心配なのは、新自由主義経済の浸透とともに、貧富の差が拡大して、生活に苦しむ人が増えていることだ。和の心の根源は、所得の格差が少ないことだ。政府は、貧富の差の縮小を最も重要な課題にすべきであり、それが和の心の日本を確かにする。

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