静岡新聞論壇

2003年 

独自外交求められる日本

「理想の国」の錯覚」

2次大戦後だけでも、多くの国民がたいしたこともない国を理想の国のように錯覚したことが、何回もあった。敗戦直後、若者は共産主義国のソ連や中国に憧れた。中国の文化革命は悲惨な内乱だったにも拘わらず、人間解放の戦いだという「進歩的文化人」の発言を真に受けてしまった。

日中の国交が回復すると間もなく、「進歩的」な新聞は「中国は泥棒がいない清潔な国だ」と報道した。私もその頃中国に行き、ホテルには鍵がなく、道端に荷物を置いてもなくならないことに驚いた。ずっと後になって、当時の中国では、外国の訪問団を常時数名の公安員が密かに尾行していたので、盗まれるはずがないことを知った。

20数年前まで、「進歩的文化人」は北朝鮮が素晴らしい国だと主張し、在日朝鮮人の帰国を称えた新聞が多かった。 拉致問題については、警察は約15年前にその疑いが濃いと判断したが、政府はずっと「日本には軍事秘密がないから、北朝鮮のスパイが拉致した日本人になりすまして、日本国内で活動するはずがない」という考え方を崩さなかった。工作船の存在も認めなかった。誰でも北朝鮮は閉鎖的な国であること知っていたが、拉致を繰り返すようなひどい国だとは想像しなかった。

政府は、もし、拉致問題や工作船の存在を認めたならば、領海を武力で守なければならない。平和憲法に縛られた政府は恐ろしくてミサイルで武装した北朝鮮と真正面から渡り合えない。

ところで、北朝鮮経済が崩壊の道を辿っている。政権維持のために、麻薬を密輸出して荒っぽい資金稼ぎをする工作船が増えていた。これからいろいろな難癖を付けて、日本から資金を搾り取ろうとするだろう。原子炉とウラン濃縮設備の建設計画を公表し、核兵器武装を臭わせ、その中止を条件として、経済援助を引き出そうとしている。

経済崩壊寸前の北朝鮮

北朝鮮の経済と政権が安定化すれば、そうした際どい対外政策をとる必要がない。日本政府は、今まで北朝鮮の政権安定化のために協力してきた。例えば、朝銀信用組合(朝銀)が、北朝鮮政府と深い関係にある人々に対して膨大な資金を不正貸付けするのを見逃した。全国で16もある朝銀はいずれも債務超過に落ち込んだ。その預金者救済のために合計1兆3000億円の公的資金が投入されることになった。また飢餓救済のためのコメ支援は合計すると、約120万屯(700万人が1年間食べられる量)、1700億円に達した。

コメ支援、不正貸し付け、麻薬の密輸出を合計すると、日本から少なくても、1兆円近くの資金が北朝鮮政府に流れたことになる。貧しい北朝鮮にとっては相当の補強になったはずだ。

ところが、今や北朝鮮経済は破綻寸前の状態に陥り難民が増えた。難民に混じっていた元工作員によって拉致被害者の存在が明らかにされた。ブッシュ政権は北朝鮮とイラクを力ずくで民主的な政権に変えようとしている。日本は経済が弱くなった北朝鮮に強気な姿勢で交渉し始めたが、北朝鮮を追い詰めると、ミサイルで脅されるという不安がある。

しかしアメリカはあまり頼りにならない。もしアメリカがイラクを攻撃したならば、石油資源を狙った帝国主義だという国際的な非難が強まり、イスラムの反米テロがもっと広がるだろう。フセイン政権が消えた時には、イラクでは宗教や民族の紛争が内乱に拡大する恐れがあり、サウジアラビアやイランなどの独裁政権が不安になる。アメリカは中東紛争の泥沼にはまり込んでしまう。

現在、アメリカの経済状態は悪い。海外からの投資が減っており、国際的信頼を失っている。日本は独自な外交を進めざるを得ない。戦後の初体験だ。

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