静岡新聞論壇

2003年 

医療ミス防止へ情報公開急げ

患者無視した”生体実験” 

医療ミスによる死亡者は、年間、2万人とも、3万人とも言われている。ミスの定義がはっきりしない上に、判定が難しいので、この死亡者数は単なる推定値に違いない。しかし、この数値が一人歩きし、医療ミスによる死亡者は、交通事故死の2倍以上だというのが、常識になっている。

最近、医療ミスが目立つのは、内部告発が増えたことの他に、検察当局が世論を気にして、積極的に摘発している結果だろう。それにしても、慈恵医大の青戸病院のケースは酷すぎる。これは、もはやミスではなく、生体実験だ。

「高度先進治療」である腹腔鏡手術を行えるには、国の規則によって、助手として10例以上に立ち会い、さらに指導者の立ち会いのもとで、10例以上の手術経験を持つ医師に限られている。手術の技能も、製造業における技能と同じように、OJT(オン・ジョブ・トレイニング)によって身に付き、経験を重ねるほど技能が向上するものだ。10例の手術で大丈夫かなという不安はあるが、とにかくOJTを義務づけているのは当然だ。

ところが、驚くことに、青戸病院の3人の担当医は、そのうちの1人が、助手として数例に立ち会っただけであり、後の2人は動物実験をしただけだ。病院の幹部は、担当医の新技術へ挑戦しようという熱意に動かされて許可したという。余り悪びれた様子がなかったらしい。普通の企業では、従業員の技能を評価して、不良品を出さないように、適性な配置に心掛けていることが、経営のA・Bだ。従業員の能力が不足していた時には、技能者を雇用するとか、その分野を外注に出すといった処置を採るはずだ。ところが、この病院は、命に関わるにも拘わらず、ミスの防止に関心がなかったようだ。

どの産業でも、進歩するためには、評価システムと競争が必要だ。しかし、医師や教師のように、お互いに先生と呼び合っている業種では、尊敬される職業だと自認し、完成した人格者・技能者だと認め合っているので、評価・管理といった概念が、そもそも存在しないらしい。その結果、病院や大学は国際競争力を失った。

日本では、先端医学の一部でレベルが高いのは、日本の大学が優秀であるのではなく、優秀な医師がアメリカで先端医療技術を身につけて帰国するからだという。日本の医療に競争と評価を導入する第1歩は、患者が医療機関を判断するための資料の公開である。

医者をチェックする制度を

病院や診療所は、すべての医師について、最近3年間における診断経歴、病名毎に治癒に要した平均期間、種類毎の手術経験などを公表すべきだろう。青戸病院では、3人の担当医は手術経験なしという公表になるから、亡くなった前立腺癌の患者は手術を拒否したはずだ。治療に要した平均期間等については、正確かどうかを、第3者機関がチェックするという制度が望ましい。

もし、こうした制度があったならば、青戸病院は患者を専門病院に紹介したに違いない。当然のことながら、患者は経験豊かな医者がいる病院に集まる。その病院の高度医療設備の回転率が上昇し、ますます新鋭な設備の導入が可能になる。こうして、特定の分野で優れた技能を蓄積した病院が生まれる。

さらに、医療産業の規制が緩和されれば、こうした優れた技能を持つ病院には、腕のある外国人医師や看護婦が集まり、世界から患者が殺到し、特定分野における国際的治療センターが生まれるはずだ。ところが、実際には、医師に関する情報が隠され、多くの大病院が「高級先進治療」に指定されている部門で実績を積もうとして、素人のような医師が高度な手術に挑うとしているらしい。不幸な結果を防ぐために、情報公開と規制緩和が急がれる。

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