静岡新聞論壇

2003年 

民族対立と民主主義

軍事独裁政権が必要な国々

アメリカは、民主主義が理想の政治体制であり、また自由こそ最高の価値があると信じている。しかし、世界には、民主主義制度の基盤を欠いている国が多い。

しっかりした選挙人名簿が必要であるが、発展途上国にはそもそも正確な住民登録がない。識字率が低いので投票の文字も書けない。候補者の政見を聞く機会もなければ、読むこともできない。内乱が続き、難民の出入りが多い国では、選挙人名簿をつくれない。多くの選挙民は立候補者と馴染みがないだろう。

また、民族や部族の対立が激しい国では選挙ができない。どの民族や部族でも政権に就き、有利な立場を築きたい。もし対立する民族や部族が選挙に圧勝して政権に就いたならば、激しい弾圧が始まるに違いない。ある部族の者が選挙管理のポストに就けば、自分の部族が有利になるように、投票数を捏造することこそ、良心的な行動になるだろう。

世界には、国内に激しい民族対立を抱えている国が多い。そういう国は、強力が軍事政権によって、反政府的な民族を押さえ込み、平和を保っている。ロシア、中国、インド等の大国ではそうである。この核武装した軍事大国でも、軍事力的支配力が弱い地域では、少数民族が独立運動を起こし、内乱が発生する。チェチェン、チィベット、カシミールがその好例だ。

民族対立を抱える小国も多い。ミャンマーでは、言葉も文字も異なる幾つかの少数民族をビルマ族が支配している。もし、自由で民主的なスーチィー政権が成立したならば、ビルマ族政権に抑圧されてきた少数民族は、直ぐ、独立するために武力蜂起するだろう。アジアでは、インドネシア、フィリッピン、スリランカ等で、で少数民族の激しい武力闘争が続いている。平和を維持するために、強力な軍事独裁政権が必要な国が多い。

イラクは部族社会から成り、不安定な国家であったから、フセインのような独裁者が必要だった。無政府状態で内乱やテロが続くよりも、独裁政権の抑圧の方がましだという考え方が強かった。独裁者が消え、無政府状態になると、信頼できるのは、同じ家族、同じ親族、同じ部族、同じ宗教集団である。同じ部族なら助け合い、違う部族だったら、攻撃を加えるかもしれないが、助け会うこともある。しかし、それは同じイスラム教徒に限られる。そうしなければ、生きていけない。

米はイラクを解放できない

アメリカは、イラクを解放し、自由を与えるのは無理だ。解放と同時に、無政府状態になり、部族が纏まり、違う部族や違う宗教の人に攻撃し、略奪する。占領軍の異教徒・アメリカ軍への協力者も狙われる。イラクの人々は、1000年以上も前から、族長支配の下で、イスラムの戒律を守る生活を続けてきた。族長支配から独立して、孤独になろうとは思わない。

アメリカ人はベールを被り、1人では外出できないイスラム女性を気の毒に思い、自由にしたいと願っている。しかし、彼女たちは、ベールは信仰の証であり、家の中にいる生活に慣れている。それは毎日5回のお祈りをし、ダマラン月には断食するのと同じだ。彼女たちから見れば、臍が丸見えの服装で、男と歩くアメリカの女性こそ許せない。アメリカ人が考える解放は、多くのイラク人にとっては恐ろしいことであり、この解放から逃れるためにテロも辞さない覚悟の人が少なくない。

アメリカは、かって、日本で占領による民主化に成功したから、イラクでも成功すると考えたらしい。日本は近代国家だった。天皇がいたから、アメリカ的民主化を受け入れる国民的合意が成立した。現在の日本は、ドイツと異なり、アメリカが与えた憲法を守りつつ、アメリカのイラク出兵の要請に応ずる積もりだ。日本は、アメリカの民主化政策が成功した例外的な国だ。アメリカにこのことをしっかり伝える必要がある。

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