静岡新聞論壇

2003年 

際どいバランス

「奇跡」続かず破滅

東京を訪れる外国人は、街に靴からバッグまでカラー・コーディネイションに配慮した老若男女が溢れているのに驚嘆するそうだ。これは経済が長期低迷し、世界のお荷物になっている国とはとても思えない風景だ。「奇跡だ」という。この奇跡を起こした要因の一つは高い賃金水準だ。

賃金水準はバブル経済の崩壊後から最近まで上昇し続けた。付加価値額に占める人件費のウエイトは(全産業)、67%から76%に増加した。この間金利が著しく低下したが、賃金上昇によって、企業収益が大きく減少した。収益が減少すると、企業は設備投資の意欲を失う。

過去十年間で、日本の主要な産業が韓国、アメリカ、中国等に追いつかれ、引き離された原因は高賃金と設備投資水準の低下だった。多くの産業は、国際競争力を失ったので、低賃金労働力を求めて工場を海外に移転した。海外生産に成功した企業が高収益をあげている。自動車産業はその好例だ。

賃金水準が上昇したのは、ベースアップの他に、定期昇給制があったからだ。企業は従業員の忠誠心と勤労意欲を刺激し、また優れた技能を持っている人材を確保するために、定期昇給制に支えられた年功型賃金を守った。しかし、従業員の年齢構成はピラミッド型から胴太型、さらに逆ピラミッド型に変わったので、ベースアップを止めた後でも、定期昇給制が残っている限り、賃金水準は上昇する一方だった。

奇跡のもう1つの要因は 不況によって税収が大幅に減少したが、政府が財政支出を圧縮せず、福祉水準を守ったことだ。政治家は財政が破産状態であっても、借金の累増を恐れなかった。来年度の予算は財政支出が80兆円であり、財源の半分は借金で賄う予定だ。

既に国債の発行残高は650兆円に達し、GDPと比較した国債残高は2次大戦時のピークよりも遙かに大きくなった。しかし有り難いことに、銀行は適当な融資先がないので進んで国債を買っている。国民は政府を信頼しているので、個人向けの国債は直ぐに売れてしまう。政府は低金利国債を大量に発行して、悠々と赤字財政を続け、国民の豊かさを守っている。

消費者物価が相当低下した。住宅価格は驚くほど低下し、日用品も安くなった。お陰で私たちの生活は楽になった。外国人が日本人の生活の豊かさに驚くのは無理もない。日本は素晴らしい社会主義国家だと評価する人もいる。しかし、このままでいけば、日本はかっての社会主義国と同じように経済が破滅することは確かだ。

差別認める市場経済へ

日本は社会主義的「資本主義」であるから、企業は賃金を引き下げ始めた。最近、入社後一〇年近くは、毎年能力が上昇するだろうから定期昇給を行い、それから後は業績に応じて賃金を支払うという企業が増えてきた。優れた業績を上げた人にはその年に業績に応じた高い賃金が支払われ、もし翌年業績が低下したならば賃金は下がる。

またその年の働きはその年の間にすべて支払い、一部を退職金として後払いするという制度をやめる。それは退職金として積み立てた資金に、株価の低下などによって、運用損が発生するリスクを逃れるためだ。賃金を本人にすっかり手渡して、本人が自分の責任で老後のための資金運用をすればいい。

入社後一〇年経つと賃金は実力次第だ。能力ある人は働きがいを感ずるだろう。能力のない人は止めざるを得ない。こうして企業は賃金コストの上昇を抑えようというわけだ。日本は平等な社会主義から、否応なしに差別を認める市場経済に入ってきた。つぎに、教育、医療、農業など国際的に遅れている産業では株式会社制によって効率を向上させ、財政支出を減らす方向へ確実に進むだろう。

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