静岡新聞論壇

2003年 

健康と老人

20年後は高齢化率30%

昭和の初期には、平均寿命は50歳以下であり、多くの人が20歳代で結核になり死んだ。人間ははかない存在だった。ところが、現在では、平均寿命が80歳を超え、日本は世界一の長寿国になった。本県は長寿県の1つであり、天竜市は日本7位の長寿市町村だ。素晴らしいことである。

ところで、現在の高齢化率(全人口に占める65歳以上の比率)は9%であるが、20年後には若年人口が急減しているので、高齢化率は一挙に30%近くに上昇する。その頃には、団塊の世代が後期老人に達するので、高齢者の半分以上が75歳以上である。つまり働けない人や人の助けなしには生きていけない人が激増するのである。そのことは生産活動に従事す人の減少を意味するから、このままでは、近い将来、日本経済は衰退し、私たちは確実に貧しくなる。老人介護が手薄になり、私たちは悲惨な最後を迎えるかもしれない。

少子・長寿社会は非惨な社会に接続しているのだ。それを免れる方法の1つは移民を増やすことだ。若い優れた能力を持つ移民が働き、税金を納め、老人を養う資金をつくる。また直接に介護施設で安い賃金で働いてもらう。アメリカでは、経済が移民と移民家族の多産に支えられて持続的に成長した。政府高官、政治家、学者、芸術家に有色人種が増えた。ロシアや東欧の移民も活躍している。しかし異民族と共存するには長い歴史が必要だ。ドイツやフランスでは移民が労働力不足をカバーしたが、摩擦が絶えなかった。日本は閉鎖的な社会であるから。短期間で移民を増やすのはむつかしい。

もう一つの方法は老人が働くことだ。75歳ぐらいまで、今までと同じ慣れた仕事を続けることが望ましい。一日置きに働き、賃金は若い人の5分の1以下にすれば、働く場所があるだろう。勤め先が見付からない人は、ボランティヤ活動をすべきだろう。元気な老人が弱った老人の介護をしたり、また公園を掃除し、街路沿いの花壇を手入れする。老人ホームでは、入居している老人が自ら食後の茶碗を洗い、部屋や廊下の掃除をする。そうすれば、介護費用が幾らかでも減る。老人が多い世の中は、老人が一生懸命に働かなければ、絶対に経済が成り立たない。

働ける機会を創造せよ

これから、地方自治の時代に移る。地方自治体にとって、最も重要な仕事は老人が働ける機会を創造することだ。老人が働けば、自治体の経済力は強くなり、福祉が充実する。かっての福祉は、豊かな隠居老人をつくることだったが、これからの福祉は熱心に働く老人をつくることだ。

医学の進歩に較べて、長寿社会における老後の研究が遅れた。例えば、「老人はどのように能力が退化し、能力が衰えるにしたがって、老人に適した仕事はどのように変わるか。」「老人の能力再開発は可能か。若い人とともに働くと能力開発になるとすれば、どのような職場を用意し、どのように働いてもらうべきか。」といった研究である。

その上に、終末医療という深刻な問題がある。日本全体の医療費を見ると、1%の重症患者が全医療費の25%を、また10%の重症患者が60%を使っている。それは終末期の濃厚医療に巨額な資金が投入されているためだ。その結果国民の医療費自己負担が増え続けている。管を通して食事をとるといった延命治療で、果たして人間の尊厳を保てるだろうか。家族に囲まれ、水だけを呑み、終末を迎えるのが、インド3000年の知恵だ。最近、ベナレスを訪れる人が多くなったのは、終末医療を自分の問題として考える人が多くなったからだろう。医学は宗教に近づき、宗教は医学の領域に入ってきた。

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