その他の連載・論文

SRI 時々刻々
簡易保険資金掲載文
その他

簡保年金資金掲載文(小泉三保子との共同執筆)

コミュニケーション・スキル・ブームの背景

最近、社内での円滑なコミュニケーションに苦労している企業が増えている。その背景には、アメリカ型経営の安易な導入があるようだ。

最近、「上司とのつき合い方」「同僚とのつき合い方」「部下とのつき合い方」といった社内のコミュニケーションのノウハウに関する書籍や雑誌の特集が増えてきた。

「こういう話し方をすれば、上司の感情を逆撫でする」「こんな指示の与え方は、部下のやる気をそぐ」といった具合に、当たり前の話を、あきれるほど細かく解説しているケースもある。

しかし、よく考えれば、このような社内コミュニケーションに悩むビジネスマンが増えるのは、当たり前のことかもしれない。

その大きな原因は、転職が盛んになったことだ。労働省(当時)の調査によれば、1999年の段階で、すでに大企業で働くホワイトカラーの約2割が転職経験者で占められるようになっている。郵政研究所によれば、中途採用者比率が50%を超える企業は、1997年の段階で全体の34.1%に達しているという。

いうまでもなく、円滑なコミュニケーションの秘訣は、共通した価値観や文化を持つことだ。同窓生や同郷の人が、すぐに話しがはずむのも、そうした共有できる基盤があるためだろう。
企業では、コミュニケーションの核は、事業の目的、社会での存続意義、使命などについて共通の理念を持つことであり、仕事も、社内教育も、上下関係も、その理念を中心に進められる。

年功序列・終身雇用が中心だった時代には、このような理念は、社内教育、普段の仕事、社内での付き合いを通して、それぞれの社員は、自然に身につけてきた。多少の意見の食い違いや対立があっても、基本的な理念は共通しているので、意見のすり合わせが可能だった。

人間に個性があるように、会社にも個性がある。企業の理念や使命は、会社の数だけ存在する。たとえば、企業の目的だけを見ても、ある会社は、「日本は十分豊かだから、これからは発展途上国の豊かさの実現に貢献したい」と考えており、別の会社は、「日本人の生活の質は、まだまだ貧しいから、欧米並みの豊かな生活レベルまで引き上げたい」と考えている。また、「アトピー性皮膚炎を緩和する環境づくり」「高齢者のための快適な生活」「ベンチャー企業を育てる」といった観点でスタートした企業もある。

目的が違えば、使命も理念も、社員が社会を見る視点も視野の広さも違ってくる。転職が増えるということは、過去に、このような違う理念で仕事をしてきた人が一緒に働く機会が増えるということだ。コミュニケーションにすれ違いが生じるのは当然だろう。

もっとも、実際には、ひとつの企業で長く働いた人は、他の企業に転職しても、価値観のズレは修正できる。それは、ちょうど、日本文化に精通した人が、海外の文化を深く理解できたり、英語が上手な人は、日本語も上手なのと同じだろう。

違う文化圏からやってきたゴーンさんが、日産の改革に大成功した要因は、もしかしたら、強固な文化をもっている日産という企業だったためかもしれない。日産の文化をゴーンさんが理解すれば、それにあわせた具体的な改革のプランがたてられる。しかし、もし、日産で働く社員の理念がバラバラだったら、それぞれの人に合わせた改革プランをたてるか、改革の邪魔になる人をリストラするしかない。再建など、できたものではなかっただろう。

問題になるのは、20代、30代で転職を繰り返す層の増加だ。
そもそも転職が増えた最大の原因は、大企業の相次ぐ倒産や、業績不振によるリストラだろう。IT化やグローバル化は、その傾向に、一層の拍車をかけた。年功序列制度の維持が難しくなり、成果主義を取り入れる企業も急増した。
それによって、多くの人は、終身雇用は崩壊しつつあると感じた。また、企業に対するリヤリティも急速に低下していった。

一方、IT化、グローバル化の進展によって、新興企業が急成長を遂げたり、外資系が続々と日本に上陸してきた。また、既存の大企業でも、ITに強い社員、英語に強い社員などが必要になった。リストラが一段落した企業も、業績が回復するとともに人手不足に陥った。こうした理由で、中途採用市場が急拡大していったわけだ。

若い人は、そもそも転職願望が強い。「好きな職種で働きたい」「アメリカで言われているように転職でキャリアアップを図りたい」などと考えている。転職先が増えれば、若い人の転職への誘惑の歯止めはきかない。転職サービス会社も増えたので、登録しておけば、次々に転職先を紹介してくれるし、時には、スカウトメールも舞い込む。20代で1~2回の転職は、珍しくなくなった。転職は、違う文化圏に入りこむことだ。若いときに、転職を繰り返せば、仕事の核になる理念をきちんと吸収できない。先ほどの例で説明すれば、日本語があやふやなうちに、英語を勉強するようなものだ。このような人が企業内に増えてくれば、コミュニケーションが難しくなるのは当然だろう。

それまでは、転職が難しいかったので、大半の人は、多少の不満があっても、ひとつの会社にとどまった。仕事を続けることで理念を理解し、仕事の面白さが分かってきた。ところが、転職が容易になるとともに、その段階まで辛抱できなくなったわけだ。

企業の理念を共有してない社員が増えたところに、吸収や合併による価値観の急激な変化、アルバイトや派遣社員の急増などが加わり、混乱に拍車をかけた。
さらに、成果主義の導入が広まるとともに、成果を上げるために大切なのは、「スキル」だけだと解釈して、他人への気遣いをないがしろにする人もでてきた。ライブドアの堀江社長は、そうした人材が増えることが、企業の成長につながると考えているようだ。

最近は、「いくらスキルがあっても、人から好かれなければ仕事はできない」といったことを力説する書籍や雑誌の特集も増えている。「挨拶をしよう」「にこにこしよう」といった小学生レベルのマナーが、結構なビジネス誌で、わざわざ紹介されるようになった。

実際は、アメリカでも大半の企業は長期雇用であり、賃金は、成果とともに、年功が占めるウェイトも高い。また、多民族国家であるため、小学生の頃から、他人とのコミュニケーションの図り方は、徹底的に訓練されている。企業文化や理念については、外国人にも株主にも分かりやすいように噛み砕いて表現し、また、名刺やパンフレットなどにしつこいほど書いてある。

日本では、このようなバックグラウンドを無視して、いきなり成果主義や中途採用を取り入れたわけだ。
現在のコミュニケーション本のちょっとしたブームは、表面的にアメリカ文化を取り入れた歪の大きさを示しているといえそうだ。

ページのトップへ