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豊かさとロングステイブーム

最近、シニアの間で、ロングステイがちょっとしたブームになっている。その背景には、どのような要因があるのだろうか。

最近、ロングステイに関心を持つ人が増えている。ロングステイは、旧通産省の認可を受けて設立された公益法人にロングステイ財団がつくった言葉だ。海外では、旅行と言えばロングステイが当たり前なので、わざわざ「ロングステイ」とは言わない。おむね2週間以上の滞在からロングステイと呼ばれるそうだ。もちろん、数年の滞在も、半永住もロングステイと呼ばれている。ただし、ステイ先で働いている場合は、ロングステイとは言わない。

1992年以来、通産省が音頭をとって、「ロングステイ」という旅行スタイルを広めるために努力してきた。当初の目的は、短い休暇を使って観光バスで観光地をめまぐるしく廻るのではなく、長期休暇をとって、一つの場所に長くとどまり、現地の生活や文化をゆったり楽しむという旅行スタイルを普及させることだった。

ところが、会社に勤めている限り、日本では長期休暇を取得するのは難しい。ロングステイ財団は、10年近くPRに努めたが、期待に反して、ロングステイという言葉すら、普及しなかった。

ロングステイが一挙に脚光を浴びた一つのきっかけは、3年ほど前に「年金・月21万円の海外2人暮らし」という本がヒットしたことだ。これをきっかけに類似の本が続々と出版され、また、雑誌やテレビなどでもロングステイ特集が組まれるようになった。

ロングステイに魅力を感じたのは、海外生活に抵抗がない団塊の世代だった。団塊の世代が働き盛りの頃には、日本企業がこぞって海外進出をしていた頃だ。海外の工場で働いたり、新しい取引先の開拓などで、世界を忙しく飛び回っていた。海外生活経験者も100万人くらいはいるはずだ。学生時代に、リュックを背負って貧乏海外旅行に出かけたのも、この世代が最初だろう。

また、団塊の世代は、どちらかと言えば、子供や親のためよりも、自分のためにお金を使う消費生活を志向した走りでもある。20歳くらいから日本は急速に豊かになり、壮年期はバブル経済時代だった彼らにとっては、ビール一本買うにも考えこむ貧しい年金生活は耐えられない。だからといって、現状の生活を維持するために貯金を取り崩すのも、病気になった時のことを考えれば不安だ。

ところが、海外で生活を送れば、月あたり20万円くらいで生活できる。パース(オーストラリア)やクライストチャーチ(ニュージーランド)などでは、20万円もあれば、広々とした家で自然などに酔いしれ、節約せずに暮らせる。もし、チェンマイ(タイ)やキャメロン(マレーシア)などに行けば、10万もかからないだろう。海外慣れした団塊の世代は、海外での優雅な暮らしを、老後の選択肢の一つとして考えるようになった。

ところで、どの国でも、豊かな国の高齢者は大歓迎だ。彼らは、地元の雇用を奪わずに、持参してきたお金を使うだけだからだ。何年も暮らせるリタイアメントビザを発行したり、税の優遇措置をしている国も沢山ある。

最近は、オーストラリアやニュージーランドやタイやマレーシアやフィリピンなどをはじめとして、多くの国では、日本人の高齢者を呼び込むためのサービスが充実してきた。たとえば医療施設には、日本語の通訳や日本語ができる看護婦、医者などが駐在するところが増えてきた。日本の大学の医学部を卒業した医者ばかりを集めた高級病院もある。

ロングステイ用の現地サービスを始める日本人や日本企業も増えてきた。パースなどいくつかの都市では、日本人のファイナンシャルプランナーが住んでおり、現地における資産運用や住宅投資までアドバイスをしてくれる。日本企業が経営するコンドミニアムや高齢者住宅も増えている。ロングステイ財団では、日本人に人気が高い都市には、現地での生活をサポートする無料相談所を用意している。互助会的な日本人会が組織されている地域も多い。もちろん日本食レストランは大抵の地域にあるし、日本の食材は手に入る。極端に言えば、外国語が全く話せなくても、外国料理が苦手でも困らなくなりつつあるわけだ。

現在、ロングステイをしている人は、年間2万人くらいだという。これは、海外渡航が自由化された頃のジャルパックの参加者と同じくらいの人数だという。

元教師のある夫婦は、ペナンに滞在し、ボランティアで日本語や折り紙を教えている。また、別の夫婦は、毎年3ヶ月くらいクライストチャーチに滞在してゴルフ三昧の日々を送っている。今年はチェンマイ、来年はパースといった具合に、毎年、ロングステイをする国を変え、文化や自然を楽しんでいる人もいる。かつて駐在した場所で、今度はゆっくり文化を楽しんでいる人も多い。このように、ロングステイのスタイルは様々だ。

ロングステイに関する本や雑誌では、このような充実した生活ぶり、生活費などが詳しく紹介されている。また、旅行会社は、ロングステイセミナーや、ロングステイ視察ツアーを頻繁に開催するようになった。

ロングステイ財団のアンケートによれば、希望滞在期間は、3ヶ月から1年未満(23.2%)、2~3ヶ月(23.1%)、1~2ヶ月(21.9%)と続く。1年以上を希望する人は、14.7%だ。

ところが、高齢者がロングステイを実現するのは難しい。ロングステイ視察ツアーに何度も参加して、結局断念する人が多数派だ。

数年単位で滞在しようとすれば、まず、留守宅の管理の問題が出てくる。日本では、家具つきで家を貸す習慣がないので、賃貸に出すためには、家具をトランクルームに預けるか捨てるしかない。トランクルームに預ければ膨大な費用がかかるので、全て捨ててしまった人もいるという。

留守宅を、そのまま維持するのも大変だ。風を通したりするためには、いちいち警備会社などに依頼しなければならない。
仮に家を売ったり、賃貸契約を解除すれば、日本では、高齢者に家を貸してくれないし、ローンも組めないので、帰国後に住む家が無くなる。
ペットの預け先が見つからなかったり、両親の介護のために行かれない人も多い。もはやペットを預かってもらえるような近所つきあいはないし、親戚縁者で協力して介護をするような風習もなくいなった。

意外に多いのは、亭主がロングステイを望んでも、奥さんが行きたがらないケースだという。ロングステイの基本は自炊だ。日本の亭主は家事を手伝わない人が多いので、多くの奥さんは、海外旅行に行ってまで、家事などしたくないというわけだ。

このようないくつもの条件を克服できたラッキーな人だけが、ロングステイを楽しめるのである。そう考えると、ツアー旅行が爆発的に伸びたほどには、ロングステイの実際の参加者は伸びないと予想される。 

しかし、今回のロングステイ・ブームで、多くの人にロングステイの情報が広がった。転職の合間や勤続10周年などにもらえる長期休暇などで、ロングステイをする人が、若い世代にも増えていくに違いない。

一つの地域で、現地の語学学校や趣味のサークルに入ったり、ボランティア活動に励んだり、現地の人と一緒にスポーツを楽しんだりすれば、短期の忙しい旅行では分からなかった文化や生活習慣などが見えてくるだろう。それは、私たちの視野や生活の楽しみ方の幅を広げてくれるはずだ。また、海外に出れば、逆に日本文化に対する興味も深まる。

ロングステイが当たり前になった時、日本製品や日本のサービスは、もっと洗練され、遊び感覚に溢れたものになるはずだ。同時に、外国人が、日本でロングステイできる施設や仕組みが充実することも必要かもしれない。しかし、そうなるのは、まだ先のようだ。

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