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グルメブームで深まる文化

グルメブームは、個性化・多様化の一途をだどりながら、一層、盛り上がっている。
グルメを楽しむゆったりとした生き方は、デフレ時代にあわせた新しいパラダイムなのかもしれない。

大都市では、グルメブームは、盛り上がる一方だ。デパ地下(百貨店の地下一階の食品売り場)ブームが一段落すると、次は、「ホテ一」(ホテルの一階の惣菜屋)ブームに火がつきそうだという。ラーメンブームは、一向に衰えない。10代の女性は「スウィーツ」(ケーキ類)に凝ることがおしゃれだそうだ。

グルメが楽しいのは、多様な飲食店や惣菜屋や食品店の中から、自分の懐具合に合わせて食べ物や飲み物を選択できることだ。富裕層なら、フランス料理や懐石料理などを食べ歩けばよいし、所得が低ければラーメンや低価格のテーブルワインやパンなどに凝ればよい。立ち食いそばや定食屋やカップ麺などを比較して楽しんでいる人もいる。景気がよくても悪くても、金持ちでも貧乏でも楽しめるのが、グルメブームが続いている所以だろう。

ところで、日本人は、同じ趣味の人同士で、一種のグループを作るのが好きな国民だ。釣り、ゴルフ、野球、音楽、ファッションをはじめ、いったん興味を持てば、雑誌などで熱心に研究し、また、同じ趣味を持つ仲間と情報交換したり、批評しあったりするので、誰でも、たちまちいっぱしの評論家のようになってしまう。企業は、内外の情報をよく知っており、品質にもうるさい消費者を相手にするから大変だ。言い換えれば、新しい商品の情報は、すぐに消費者に広がる。

グルメも、当然、同じような過程をたどっている。『ハナコ』『東京ウォーカー』『東京一週間』といったタウン誌、ファッション誌、ビジネス誌、週刊誌でも、必ずといっていいほどグルメページがある。『B級グルメ』『ラーメン』『食べ放題』『イタリア料理』といった書籍は増える一方だ。 インターネットで検索すると、私たちは、プロの評論家だけではなく、素人の感想も得られるようになった。それは、インターネットの普及によって、私たちは、一種の評論家のような活動もできるようになったことを意味している。自分でホームページを作るのが面倒なら、他人がつくったホームページの掲示板などに書き込めばいい。レストラン別に素人が感想を書き込めるホームページもたくさんある。そういったホームページでは、すでに「素人のカリスマ評論家」もいる。発表する場ができたことによって、グルメの趣味は、いっそう楽しくなったに違いない。

情報が豊富になったので、新しい料理が紹介されると、競って食べに行く人が増えた。その結果、古くから日本にあったフレンチやイタリアンはもちろん、日本では馴染みがなかったタイ料理、イラン料理、ベトナム料理、トルコ料理といった中近東やアジア料理も、本格的な高級料理を食べさせるレストランが次々にできてきた。現地から一流の料理人をつれてきた例も少なくない。最近は、アジアの一般庶民が食べる屋台料理などを食べさせるレストランも増えてきた。 和食では、低価格の懐石料理、寿司居酒屋、創作和食をはじめ、さまざまなタイプの料理店が登場してきた。

最近は、一つの料理により深く凝る人も増え、大都市では、レストランの分野にも超専門店が出てきた。お茶漬け専門店、餃子専門店、ねぎ専門店、缶詰バー、カレーパン専門店、豚肉料理専門店などが、その代表だ。たとえば、お茶漬け専門店「一口茶漬け」は、懐石料理の最後に出る料亭の高級茶漬けを意識している。懐石を毎日食べるのは、普通のサラリーマンには無理だが、その一部分である高級茶漬けなら気軽に食べられる。いくら入り、うに入りをはじめ高級素材をつくった小さなさ茶漬けが30種類くらい揃っている。友人同士で5種類くらい頼んでいっしょに食べる人も少なくないという。グルメブームも、いよいよマニアの域に入ってきたようだ。

私たちが、グルメに凝り始めたには、裏を返せば、欲しい商品がなくなったためだろう。車でもテレビでもパソコンでも携帯電話でも、新製品は続々とでるが、マニアでない限り、さしあたって今もっているもので十分に用は足りる。 それに比べて、グルメには、私たちを楽しませる新しさや珍しさがある。世界には、まだまだ知らない食べ物がたくさんある。国内でも、一部の地域でしか知られていない郷土料理や食材、戦後、すっかり忘れられていた伝統料理や食材もある。料理人は、留学したり、国内外を食べあるいたり、熱心に研究するようになったので、いろいろな地域の料理をミックスした新しい料理を次々に発明するようになった。地価が低下して、若くてもレストランを出店しやすくなったので、珍しい料理や新しい料理の発表の場も増えた。ある不動産屋は、「小さなビルの借り手は、今や飲食業ばかりだ」と嘆いていた。不動産業者にとっては、ゴキブリやねずみが発生しやすい飲食業は、できれば避けたい業種だろう。

グルメに熱心になるもうひとつの理由は、便利な共通話題になるからだろう。今では、個性化多様化が進展し、違う世代はもちろん、同世代ですら共通話題を持つのが難しくなった。しかし、食べ物なら誰でも関心がある。初対面の人、家族、友人同士でもとりあえず話が弾む。 社会生活が一変するような画期的な製技術革新が生まれない限り、消費はグルメに向かい、その趣味は、ますます細かくなっていきそうだ。

グルメブームが盛り上がるとともに、レストランやカフェに刺激を受けて、インテリアや食器類やガーデニングに凝る人が増えてきた。家でも、レストランと同じ意ような料理を作ろうとする人も増えた。それにともなって、タイ料理、ベトナム料理、懐石料理といった専門的な料理本が次々と出版されるようになった。それどころか盛り付け専門の解説書まである。プロ用の調理器具や世界中の多様な食材も簡単に手に入るようになった。食材に関心を持つ人は、農業や漁業や環境問題に対して関心を持つようになった。

かつてフランスや中国は、社会が成熟すると人々がグルメを楽しむようになり、世界に通じるフランス料理や中華料理を生み出した。さらに、食事を楽しむ空間や優雅な時間の過ごし方やあたりの景色にまで気を配るようになり、世界中の人があこがれる素晴らしい都市文化やライフスタイルを作り出した。同様に、現在の日本でも、グルメブームを通じて、文化が深まりつつある。 現在は、世界中がデフレであり、企業は弱くなり、生活が一変するような画期的な製品を生み出す力はなくなった。これからは、デフレ時代に合わせた新しいパラダイムをつくっていく必要がある。そのひとつが、グルメを楽しみ、文化を深めるゆったりとした生き方なのかもしれない。

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