その他の連載・論文

静岡総研「SRI」時々刻々 106号

静岡県を巡る内外の経済環境

1 人口オーナスの打撃

世界の工業国の経済にとって、最大の問題は少子高齢化である。医学の進歩によって、長寿化と同時に少子化が進んでいる。最近の人口学者の研究によると、どの国でも、経済が発展して教育が普及し、女性の識字率が高まるとともに、出生率が減少するという。識字率が60%を超えると、出生率は2を下回り始めるそうだ。

また、それと同時に社会インフラが整備され、公衆衛生が発達し、かつ医学の進歩と病院・診療所の普及が加わるから、平均寿命が伸び、高齢者が急速に増える。

少子高齢化が進み、生産人口比率(生産年齢人口を非生産年齢人口で割った比率)が2を割り始めると、経済成長率が鈍化してくる(西村清彦日本銀行副総裁の説による)。

出生率が高く、若年人口が増え、生産人口比率が2を越えていた時代には、人口ボーナスが働き、経済が順調に成長した。若者が多いので、消費が伸び内需が拡大した。経済成長とともに、賃金が増え続け、若者は将来に明るい希望を持った。

彼らは将来に備えて貯蓄に励み、結婚するとすぐ住宅を買った。そのため、住宅用土地の需要が増え、地価は上昇し続けた。地価が永続的に上昇するという期待が強まり、土地需要が一層増えた。

日本では、1980年代に団塊の世代が30歳代後半から40歳代に入った。住宅地需要が急増し、折からの金融緩和政策と相乗的に働き、地価が暴騰を続けた。早く購入しないと、住宅を持てなくなるかもしれないという地価の上昇期待が住宅投資を刺激した。住宅が増えると耐久消費財需要が高まった。経済は拡大する一方だった。

1990年に生産労働比率は2.4となってピークに達し、それ以後、低下の一途をたどって2011年には1.6まで下がった。人口ボーナスは人口オーナスに変わった。高齢者層が増えると、その生活を支えるための社会保障費が増える。その財政負担は、若い層にかかるから、彼らの消費を抑圧する。法人の税負担も大きくなり、投資が抑えられる。

経済が停滞している上に、若年人口が減少するため、住宅投資が減り、土地の仮需要がはげ、地価は急速に低下した。住宅需要も耐久消費財需要も一挙に縮小した。

ところで、高齢者は消費を増やさない。大家族制度が崩壊し、かつ子どもの数が少ない。所有している宅地の価格は暴落した。平均寿命が伸び、長くなった老後が不安である。下手をすると孤独死の可能性もあるから、長生きに備えて、貯蓄しなければならない。日本経済は1990年から、長期不況時代に入った。

世界の工業国は、2000年代に入ると相次いで生産労働比率が2を割り、人口オーナスの悪影響が働き、アメリカもEUも、経済成長力が低下した。

アメリカでは、2002年から、景気対策として低金利政策を実施して、住宅投資を刺激した。それとともに、住宅金融会社の低金利住宅ローンが貧困層まで拡大した。証券会社は、全国の住宅金融会社から、多様な住宅債権を買い取ってプールして、折から急速に進歩した金融工学を利用して、リスクの大きさを判断できない複雑な証券に変えて、内外の市場で売却した。格付け会社は、その証券に高い格付けを与えた。

住宅金融会社は、貸付け債権の証券化システムを利用して、住宅債権を証券会社に売却して、その資金を再び住宅ローンに投入した。こうした信用創造の結果、住宅需要が急増して、住宅バブルが発生した。

ところが、住宅価格が上昇しすぎると、需要は減り、価格の暴落が始まるものだ。2007年から住宅バブルは崩壊した。折から、アメリカの生産年齢比率は2を割り、人口オーナス時代に入った。バブルの崩壊速度は速かった。

多くの人は、価格の持続的上昇を期待して、所得から見ると豪華すぎる住宅を購入した。彼らは住宅の市場価格が暴落したため、住宅価格をはるかに超えるローン残高が残った。彼らには元利金を返済する経済力がない。住宅金融会社には不良資産が溜まり、そこに融資していた金融機関の経営が危なくなった。

2008年に、金融危機、いわゆるリーマン・ショックが発生した。政府は、金融機関を救済するため、膨大な財政資金を投入した。その結果、財政赤字が膨張して、金融危機と同時に財政危機が発生した。

EUでも同じように、住宅ブームが崩壊して、金融危機と財政危機が発生した。2005年頃から人口オーナス時代に移ったので、経済は深刻な状態になった。

先進国経済は、現在まで、その後始末に苦しんでいる。現在、日本の財政は破綻状態にある。人口オーナスに転化した影響は非常に大きい。

2 世代間・所得格差の拡大

日本における人口オーナス時代の最大の問題は、世代間の所得格差である。年金は賦課方式であるから、増大する高齢者の年金は若年者が負担している。また、老人医療費も若年者の負担になる。

現在、65歳以上の人は、支払った税金、年金、健康保険料よりも、はるかに大きなサービスを受けている。年配者になればなるほど、受けるサービスが大きい。そのしわ寄せは若年者にくる。現在0歳の人は高齢者を養うために、生涯で1,700万円を徴収される計算になるそうだ。

社会保障負担に関わる世代間の不平等率は、日本が世界最高であって、日本の次のイタリアに比べても、3倍も大きい。

日本企業は、従業員の帰属心を強くし、また熟練した技能を持つ従業員を増やすために、終身雇用制を採用し、不況の時も正規社員を守る。

経済成長が鈍化すると、若年層の雇用を減らす。採用するとしても非正規社員である。現在、非正規社員の比率は、全従業員の25%に達している。若者は社会保障制度のゆがみと、経済成長力低下のしわを押しつけられている。

若者が貧しいので、若者相手の大型ヒット商品がなくなった。自動車も、大型家電も売れない。旅行にも行かない、若者のマーケットは急速に縮小している。

ところで、豊かな年寄りは、趣味に応じた消費を楽しんでいる。大型団体旅行は年配者で埋まっている。先日、事故を起こしたイタリアの豪華客船にも、日本人の年配者が多かった。これから伸びるのは、年配者のニッチな趣味をつかんだ商品やサービスで ある。年寄りのマーケット調査が重要になる。

世代間の所得格差は、すぐには縮まらない。年配者の数が多く、彼らの投票率は高いから、政治家は年配者に不利な政策を実施できない。

これを解決するには、選挙制度を変え、世代別の一票の重みの格差をなくすことだ。例えば、子どもを4人持つ女性には、5票の投票権を与えるのである。彼らの意見を国政に反映できるような仕組みがない限り、世代間不平等は消えない。

出生率を増やせば、日本経済の衰退に歯止めがか かる。そのため、出産した時、夫婦ともにそれぞれ2年間の有給休暇が取れる制度をつくりたい。それ によって、労働力を4年間失うが、生まれた子ども は、将来、45年間以上働くので、差引き41年分の労 働力を得ることになる。

さらに、3人以上の子どもがいる家庭には、特別な育児手当によって支援するべきである。多くのマンションは、夫婦と子ども2人で設計されている。 タクシーを使う時には、両親と子ども3人では1台に乗れず、2台目が必要となる。このように、3人目の子どもには費用がかるので、育児手当による支援を3人目、4人目に集中するべきだろう。

3 優秀な外国人とともに働く

労働力は減り続けている。生産人口比率を2に戻すには、1,000万から1,500万人の若者が必要だ。そのような膨大な数を移民で埋めるのは無理であるが、できる限り才能が豊かで、勤労意欲に燃えている移民を増やしたい。

東京大学は、5年後から秋の入学を決めた。他の一流大学も追従するようだ。その目的の一つは、優秀な留学生を入学させ、優れた移民を増やすことにある。

日本企業は、国内のマーケットが縮小したので、海外で大量生産して、現地で大量販売するという戦略を採用している。工場だけではなく、現地の適した商品を開発する研究部門も移転している。

そのため、現地人の社長が必要である。それによって、社員との意思疎通が密になり、現地向けの商品開発の責任者を現地人にすることで、よく売れる商品が生まれるだろう。

本社や本部の研究所でも、国際的なネットワークを持っている外国人が必要だ。実際、日本企業の活躍の中心が海外に移るとともに、大量の外国人社員を採用するようになった。

大学の秋入学は望ましい。また、外国人と共同生活できる学寮を作り、日本人学生と外国人学生が生活を通じて、異文化を理解し合えるようにすべきだろう。

それは1つの大学だけでは無理かもしれない。大学間の協力が必要だ。例えば、静岡大学と静岡県立大学で共同の学寮を創り、単位の互換性を広げ、それを海外の提携大学にまで広げるべきだろう。

ところで、2011年の貿易収支は赤字に転落した。その短期的理由には、大震災によって自動車等の輸出品のサプライチェーンが切断されたこと、大部分の原発が止まった上、石油価格・天然ガス価格が値上りし、コストアップになったこと、円高が進んだこと等が挙げられる。

しかし、深刻な構造的要因もある。日本企業は、半導体、液晶パネル、テレビ、携帯電話、一般家電製品、太陽光発電パネルのような電子・電気製品では、韓国・台湾・中国の企業に完敗の状態である。自動車も国際市場で劣勢である。世界の自動車産業は、フォルクスワーゲンと現代の2大企業の争いになった。そこにゼネラルモーターズが加わっている。

今後、電力不足が続き、電力料金が上昇しそうである。韓国、台湾、中国の工業製品の競争力が上昇し続けるだろう。日本の貿易収支は恒常的赤字に変わる可能性が大きい。それでもしばらくの間、貿易収支の赤字は、所得収支の黒字でカバーされるだろう。

しかし、日本の海外直接投資の収益率はアメリカに較べると、半分にしかならない。このままでは、経常収支赤字に転落する日が近いかもしれない。海外の収益率を上昇させるためには、海外における現地系列企業に優秀な現地人社長、役員、幹部職員を配置して、現地型の人事を採用することが重要だろう。

今まで、日本企業の現地系列企業の幹部は日本人が占め、彼らはその国のGDPや雇用を拡大するために働いた。日本の生産人口比率が低下している時に残念である。彼らが、地位と仕事を現地人に譲って帰国し、日本のGDPを増やすために活躍してもらいたいものだ。

また、日本への留学生が増え、彼らが卒業後、日本企業の正社員となり、年金、健康保険も日本人と同じになれば、日本に永住する可能性が大きい。そういう人が増えれば、生産人口比率の低下スピードが弱まる。

4 アジアの成長と日本の強み

世界経済はグローバル化して、ヒト、モノ、カネが国境を越えて、自由に移動している。日本企業は、中国やタイなどに直接投資を行って現地工場をつくり、低賃金を利用して工業製品の大量生産を始めた。その生産物は工業国に輸出された。その内に、中国やタイの賃金が上昇し、国内マーケットが大きくなり、現地工場の重点は、その国の市場向け製品の生 産に変わった。

日本企業は、海外の賃金の方が低く、工業のインフラがしっかりしている限り、工場を海外に移転するから、国内での雇用が減り続けた。工場の海外移転によって、労働需給が緩和し、日本の現在の賃金水準は20年前と同じである。

日本の賃金が増えない間に、中国の賃金は、年率10%近いスピードで上昇した。上海や香港の賃金水準は日本とほぼ同じになり、香港の地価は東京を抜き、上海の地価は東京と同じである。

中国の企業は沿岸地方の賃金が上昇したので、工場をベトナム、ラオス、ミャンマーへ移転している。まもなく、そこの賃金も上昇するだろう。また、日本の企業も、今後の主たる工場移転先は、ベトナム、インド、インドネシア等に変わった。中国よりも、日本国内に新工場を計画する企業もある。

グローバル化は、世界の賃金を同水準にする力を持っている。先進国は中国のような巨大な人口を持つ中進国の水準に引き下げられ、発展途上国は巨大な人口の中進国の水準に引き上げられるのである。その結果の標準化が起きている。

その標準化の影響で、日本の賃金は全く伸びず、その上に若者には世代間の不平等が乗っかっている。そのため、日本のマーケットは縮小しているのだ。

日本企業は、中国のような巨大な国で、中国のどの地域でも売れるような共通商品を生産している。それはデザインを少し変えれば、日本でも低価格で売れる商品であり、家電やパソコンはその典型だ。今後、どこにでも売れる商品の生産は、中国やタイの他に、ベトナムやインドネシア等東南アジアでも生産され、日本には決して戻らない。ガソリン自動車もそうなるだろう。

日本国内では、何が生産・輸出され、どういう産業が栄えるだろうか。

第1は、外国には生産できない高級品の生産だ。その典型は、高級素材であって、例えば、スマートフォンのセラミックコンデンサー、航空機のボディーになる炭素繊維、海水を淡水化する膜などである。膜は発展途上国で汚水を飲料水に変えたり、砂漠が多いアラブ産油国では、重要な水資源を創造している。

第2は、サービス業である。その典型例は、医療、看護、日本料理、観光等であって、日本特有のきめ細かな顧客サービスは、圧倒的な国際競争力を持っている。日本はアジアの医療センターになり、またグルメと細かいサービスは外国人観光客を集めるに 違いない。

第3は混合技術の製品である。例として、医療機械が挙げられよう。日本のロボット技術は世界一だ。人間のような複雑な動きをし、人間の気持ちに応えることのできるロボットが開発されつつある。医療や介護用で素晴らしい機能を発揮するだろう。

脳手術を行うロボットが生まれた。日本製のテレビ画面は、微少な細胞の変化をも映し出すことができる。その画面を見ながら、内視鏡で手術したり、人工頭脳と結合したりして、ロボットによる正確な脳手術が可能になった。

孤独な老人は、ペットの機能を充分に内蔵したロボットによって、生活が豊かになったという。

第4は、省エネルギー技術に関わる製品だ。

中国をはじめとして、原子力発電をエネルギーの中心に置いている国では、福島第一原子力発電所の事故によって、原子炉の改良すべき点や、緊急措置のあるべき姿が理解された。その結果、冷却水を発電炉の上におくとか、緊急時にはヘリコプターで冷却水を運ぶなどの技術が開発された。日本の事故によって、世界の原子力発電の技術は目覚ましく進歩した。

ところで、日本では、再生エネルギーと省エネルギーの技術開発に焦点が置かれている。総合的な省エネルギー技術や、それと組み合わせた細かい再生エネルギー技術は世界最高の水準にある。例をあげよう。

コジェネレーション、屋根に太陽電池を備えた住宅、家電用の蓄電池、スマートメーター、プラグインの自動車、外出先からも自宅の家電を操作して電力消費量を最低水準使用に管理できるシステム、保温効果が大きい壁・ガラス・外壁塗料等、日本が得意とする分野が多い。それらを積み重ねることが、原発依存度の低いエネルギー供給体制を作り上げるだろう。

第5は農業である。農業はIT技術と結合して、良質、廉価な作物を生産できるようになった。現在の温度、湿度、日照状態を感知して、散水の時間、水の温度、投入肥料の量を自動的に決め、また翌日の天気を予想して、今日の作業内容に変化を持たせ ることが可能である。

作物の甘味や辛味が測定可能である。過去の作業内容の膨大なデータによって、作業と作物の味との関係が判明し、品質向上に役立つ。マーケットの推移に応じて、作物に味を変えたり、作物を取り替えたりできる。水耕栽培によって、都心のビルの中でも野菜を作ることができる。IT技術の進歩によって、農業も大きな変革を遂げている。

なお、中国、韓国、台湾の所得水準が向上したので、今後、日本の果物、菓子、酒、加工食品の輸出が伸びるだろう。

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