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人材流動化時代のひずみ

人材紹介会社の登場によって、企業にとっても、ビジネスマンにとっても、中途採用や転職は容易になった。同時に、転職を繰り返すフリーター的ビジネスマンも大量に生み出した。
(かんぽ資金 2004/1 掲載)

最近の若者は、転職回数が多い。現在は、転職が容易だ。それは、ありあまるほどの転職情報があるからだ。たとえば、インターネットを使っていると、「あなたは今の年収に満足していますか?」とか、「あなたの適正年収は?」などと書かれたバナー広告を必ずといっていいほど見かける。これらは、人材紹介会社や転職情報会社などの広告だ。

クリックすると、営業、編集、企画、物流など職種別の転職情報が沢山でてくる。転職に成功した人の体験談が出ていることも多い。そこには、転職したことで年収がどのくらい上がり、仕事の充実度がどのくらい増したといったことが楽しげに書かれている。サイトによっては、企業の人事部長が、「この人材会社でいい人が見つかった」といったコメントを掲載している。このような体験談やコメントは、大抵、社名入りだ。大手の人材会社であれば、大企業の社名がずらりと並ぶ。

会社に勤めていれば、サラリーマンは、毎日、インターネットを見るだろう。つまり、クリックしないまでも、毎日のように「あなたは今の年収に満足していますか?」といった文字を眺めることになる。 

働いていれば、誰でも、会社に対して多少の不満はあるものだ。まして、現在のように賃金が下がったり、社内でリストラが始まったり、厳しい成果主義などが取り入れられている時代にはなおさらだろう。こんな時に、甘い言葉をかけられれば、若者でなくとも多少は心がぐらつく。

次に、現在は、転職活動が非常に容易になった。人材紹介会社が、全てお膳立てをしてくれるからだ。大抵の会社は、登録に際して、人材会社との面接がある。働いていれば、当然、昼間は外に出にくいので、夜間や土曜日の面接も可能だ。担当者は、転職希望者に対して、希望を聞いたり、経歴書や履歴書の書き方を指導したりする。もちろん、面倒であれば、ネット上で転職依頼の登録もできるし、担当者とのやりとりを全てメールで済ますこともできる。

登録を終えると、人材会社が、希望に応じた会社を探し、募集情報をメールや携帯電話で伝えてくれる。もし、希望に合致していれば、担当者が、応募の手続きをする。書類選考で落ちたとか、通過したといった途中経過も、全て伝えてくれる。転職希望者は、面接に呼ばれるのを待っているだけだ。

面接に呼ばれても、仮に、面接日の都合が悪ければ、担当者は面接日の交渉までする。どうしても欲しい人材だと判断されれば、夜間や休日の面接が可能になる場合もある。

このように、人材紹介会社を使えば、ベルトコンベア-に乗るように、簡単に転職活動ができるわけだ。

WEB上の転職活動も簡単な方法だ。転職情報紹介会社に、WEB上で経歴書を登録しておけば、それが、匿名で、会員企業に公開される。もし、企業が、その人の経歴に興味を抱けば、スカウトメールが送られてくる。また、登録者は、逆に、人材を募集している企業の情報を見られるので、自分で気に入った企業に応募することも可能だ。すでに経歴書はWEB上にあるので、ボタン操作ひとつで応募ができる。

もちろん、人材会社に頼らなくても、行きたい会社のホームページを見れば、「採用情報」というサイトがあるので、現在、中途を募集しているかどうか一目で分かる。定期的に目当ての会社の採用情報をチェックしている人もいる。

インターネットが普及する前は、転職活動は実に大変だった。転職雑誌や新聞の求人欄を丹念に探して、転職情報を探すしかなかった。いつ募集するか分からない目当ての会社の求人情報を、偶然、求人雑誌や新聞広告で見つけることなどほとんど不可能だった。

運よく見つけても、今度は履歴書を書いたり、写真を撮りに行ったりする面倒な手間があった。書類選考に通っても、営業以外の人は、面接に行く口実を見つけるのが大変だった。また、携帯電話も持っていないので、試験を受ける会社と連絡を取り合うのも一苦労だった。

会社の仕事がつまらなくても、転職活動が面倒なので、いつのまにか年月がたち。技能が蓄積され、仕事の楽しさが分かるようになり、気が付けば10年、20年と勤めていたわけだ。

ところが、現在のように、転職活動が簡単になれば、「もっといい会社があるかもしれない」という軽い気持ちで、人材会社に登録するだろう。優秀な人であれば、好条件の転職先は引く手あまただ。仮に、その人が転職すれば、人材が抜けた企業はかなわない。あわてて次の人を募集しなければならない。

もし、企業が、雑誌や新聞などで人材募集をすれば広告費がかかるばかりか、採用の手間もかかる。特に、現在のように失業者が溢れている時代には、応募者が殺到するので、書類選考だけでも大変だ。それだけの費用と手間をかけて、すぐに転職されたら適わない。

だから、人材紹介会社を利用する企業が増えるわけだ。人材紹介会社は、候補者を、せいぜい5人くらいに絞り込んでくれる。つまり、人事部の業務の一部を代行していることになる。さらに、実際に採用が決まるまでは、たとえ何人紹介されても一銭も払う必要はない。採用が決まると、たとえば、年収の50%といった形で報酬が発生する。しかし、すぐに辞められたら適わないので、紹介された人が半年以上とか1年以上働いた後に、全額を支払うといった契約をしているケースもある。

つまり、人材紹介会社のサービスが充実するとともに転職者が増え、それによって、人材紹介会社を利用する企業が増え、登録企業が増えれば、転職希望の登録者が増えるといいう「転職」の循環が働き出したわけだ。

人材紹介会社は、欧米で発達した業態だ。外資系企業は、「こんな技能を持った、こんな行動特性をもった人」といった採用の基準がはっきりしている。また、ビジネスマンは、自分でキャリアプランをたて、それに沿って、あたかも日本の人事異動のように転職を繰り返して広い視野や技能を磨いていくのが普通だ。採用する側も、転職する側も、目的がはっきりしているので、人材紹介会社が仲介するのは容易だった。

欧米の企業は、同様のサービスが、どこに国でもあるのが当然だと考えていた。しかし、日本に進出し時、このようなサービスがないことに驚いたという。そこに目をつけて設立された外資専門の人材紹介会社が急成長したため、同様の日本企業相手の人材紹介会社が続々と出てきたわけだ。

人材紹介会社は、キャリアプランが確立している人には、実にいい制度だ。たとえ会社を辞めて留学したり、ボランティアに従事して、1~2年のブランクができても、仕事を見つけるのは簡単になった。

しかし、日本企業は、まだ欲しい人材像がはきっきりしない。また、転職する側もキャリアプランが確立していない。そのため転職した後のミスマッチも急増している。転職を繰り返し、技能を築けない根無し草的な人も増えている。それは、フリーターと変わらない。

チャンスが増えるということは、裏を返せば失敗も増えるということだ。日本が本当の意味での人材流動化時代を迎えるまで、まだまだ混乱は続きそうだ。

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