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高騰する発明対価と日本社会

特許の報奨金を巡る裁判が増加の一途を辿っている。それは、日本社会が、アメリカ型の市場経済社会に移行していく一つのステップなのかもしれない。(かんぽ資金 20004/3月号掲載)

今年の1月、特許を巡る二つの大きな訴訟の判決が出た。一つは、1月29日に、東京高裁で争われた裁判だ。これは、日立製作所の元社員の米澤成二さんが開発した光ディスクのデータを読み取る技術に関する3件の特許の発明対価を巡って争っている。米沢さんは、これまで、光ディスクに関して308件の職務発明をした。このうちの3件は、ディスク再生装置には不可欠の技術だという。

米沢さんの技術は、国内外のいろいろなメーカーでも使用されている。東京地裁では、この特許による利益を国内分だけで計算して2億5000万円という結果を出した。一方、東京高裁では、海外特許を含めた利益は11億7900万円と査定した。米沢さんの取り分に関しては、一審、二審ともに14%が適当だという結論を出した。

米澤さんが、在職中に得た報奨金は230万円だったので、東京地裁は差額の3489万円を支払うように、東京高裁では1億6284万円を支払うように命じた。日立製作所は、この結論に不服であり、上告を決意した。

もう一つは、1月30日に判決が出た青色発光ダイオードに関する東京地裁の判決だ。これは、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授が、日亜化学工業に勤務していた時に開発した発明の対価を争っているものだ。青色発光ダイオードは、一部ではノーベル賞級の発明と言われている。

東京地裁では、青色発光ダイオードの発明によって得られた売上高は、2010年までに一兆2086億円、そのうちの特許の貢献分が5割、利益はその2割と見積もった。つまり利益は1208億円になる計算だ。日立訴訟で、発明の対価が14%と計算されたのに対して、中村さんの対価は5割、つまり604億円と認定した。現在、争っている200億円は、対価の一部に過ぎないというわけだ。

日立の米澤さんと中村さんで、対価の計算が違ったのは次のような理由だ。米澤さんは、充実した研究部門を備えた大企業で、会社の命令で開発していたのに対して、中村さんは、貧弱な施設しかもたない中小企業で、独自の発想で開発したからだ。日亜化学は、控訴を決めた。

ずば抜けた発明に対して、どのくらいの報酬を支払えばいいのかは難しい問題だ。日立の米澤さんは230万円もらったが、中村さんは、わずか2万円しか貰えなかった。特許庁が2002年に実施した企業内の研究者に対するアンケートでは、「会社が自分の発明をきちんと評価してくれない」という不満をあげる人が約3割いたそうだ。

発明に限らず、日本では、優れた業績を上げた人の待遇は、アメリカと比べれば格段に悪い。アメリカでは、年収1億円以上の役員は珍しくないが、日本では、大企業のトップでもせいぜい3000万円が相場だ。日本では、平社員と社長、あるいは同期間の年収格差を抑えることで、会社に対する忠誠心を培い、強い仲間意識を育て、末端までモラルを高め、良質な製品やサービスを提供してきた。

経済が右肩上がりに成長する時代は、それでも、年収は毎年のように上がり、また、終身雇用も確保されていたので、それほど不満は出なかった。自分だけの年収がずば抜けて高くなるよりも、会社の仲間と家族のように協力しあいながら、会社の成長に貢献する方が楽しかった。

ところが、経済の成長が止まり、また、ピラミッド型の人口構成が崩れ、急速な勢いでグローバル化が進展する時代には、そうはいかなくなった。海外との競争が激しくなり、企業の業績は思うように上がらなくなった。その上、少子化が進んでいるので、年功序列の維持も難しくなった。大企業が倒産したり、外資に吸収されることも珍しくなくなった。多くの企業がリストラを敢行するようになり、終身雇用の維持も難しくなった。企業社会のモラルを支える基盤が崩れたわけだ。

もともと会社は、「2対8」、つまり、2割の人が8割の人を食べさせていると言われている。所得が上がらなくなるとともに、この2割の人が、会社に対して不満を持つようになってきた。優秀なディーラー、優秀な営業マンといった人たちの中には、外資系や極端な成果主義の会社に転職する人もでてきた。ヘッドハンティング会社は、優秀な人を引き抜くために、虎視眈々と狙っている。

優秀な人に抜けられては、会社は成り立たなくなる。この5年間くらいで、成果主義を取り入れる企業が急増していった。最近は、年功給まで廃止する企業も出てきた。成果主義が広がるとともに、ホワイトカラーの市場価値を測定する技術も発達してきた。多くの人が、自分の市場での価格を認識するようになってきたわけだ。

こうした中で、技術者達が、自分の発明した技術に対する価値を考え始めるのは当然のことだろう。いくつかの企業は、こうした発明に対する報奨制度を明確にした。たとえば、三菱化学は、製品発売後に利益が20億円になれば1億5000万円、40億円になれば2億5000万円を支払うそうだ。また、新日本石油は、上限を1億円に、利益に対して2%を報奨金として支払われるという。ただし、訴訟によって、発明の対価がうなぎ登りになるようでは、このような報酬制度では、対応できなくなるかもしれない。すでに、報奨金の上限を撤廃した会社もある。

ところで、アメリカの企業では、特許法に関する規定はないので、入社前に、社員と企業で特許の所属や報酬について契約するのが普通なので、今回のような問題は発生しない。また、ドイツでは、職務発明の報酬額のガイドラインがあるそうだ。

それに対して日本では、特許の権利は従業員に所属し、企業が特許の権利を持とうとする場合は「相当の対価を支払う」といった具合に基準があいまいだ。だから、これまで、企業は報奨金を少なくすませてこられた。しかし、権利意識が高まれば、一転して訴訟は増える。

特許庁では、この夏をめどに職務発明に対する指針をつくり、また、社内制度をチェックする第三者機関を設置する方針だ。しかし、法改正をした後も、おそらく、基準はあいまいで、訴訟は減少しないだろうという意見もある。

言うまでもなく、発明の対価を巡って意見が分かれるのは、まず第一に、発明した技術を商品化して、市場で売り出すまでに、非常に多くの人が関わっているからだ。彼らのモラルや努力なしには、せっかくの研究成果も日の目を見ない可能性もある。もう一つは、研究者が終身雇用の社員であることだ。彼らは、たとえ、発明が完成しなかった場合でも、ちゃんと給料は保証される。研究がだめだった場合は、他の人の研究成果で食べていくわけだ。

もし、彼らが、成功報酬型の契約社員であれば、今回の判決に対して、誰も疑問は持たないだろう。また、どれだけ高い報酬を支払っても、社内のモラルが崩れることもない。 優秀な人たちが、次々に訴訟を起こせば、彼らの報酬を最初から引き上げられるように、もっと厳しい成果主義に移行する企業が増えるかもしれない。

現在、日産の社長の年収は1億2000万円、トヨタのトップの年収は3000万円だ。この2社が、激しいトップ争うを繰り広げている。もし、日産が勝つようであれば、まもなく日本も、貧富の格差が広がり、日本企業に従来からあった社内モラルが変わるだろう。

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