簡保年金資金掲載文（小泉三保子との共同執筆）

仮想世界の可能性

自分の分身のアバターを使ったサイトが増加している。そこには、今後、ネットの世界がどのように広がり、ライフスタイルがどのように変わっていくのかを予測させる、様々なヒントがある。

インターネットの課題の一つは、いかに臨場感をかもしだすかだ。たとえば、ネット通販のサイトを見ても、商品写真に商品説明が書いてあるだけではカタログ通販と何ら変わらない。司会者が商品の魅力を語り、また、いろいろな角度から商品を見せるテレビショッピングの方がはるかに臨場感がある。

高速で大容量の情報をやりとりできるブロードバンドの発達によって、ようやくインターネットはカタログレベルから脱出できそうだ。動画や音声を瞬時に送れるば、双方向のテレビ並の魅力は出せるはずだ。パソコンを利用したテレビ電話の価格も下がってきたので、まもなく爆発的に普及していくだろう。

最近は、双方向のテレビに近づけていくのではなく、アバターを使うことによって臨場感を演出しようと考えるサイトも増えてきた。アバターは、最近は「ネット上での自分の分身」という意味で使われているが、もともとはヒンズーの神の一人の名前だという。その神は、いろいろな姿に変身できるので、心理学では、心の中の、もう一人の自分を指す言葉として使われるようになり、それがネット上のもう一人の自分、つまり分身を指す言葉として使われるようになったわけだ。

日本より一足早くブロードバンド環境が整った韓国では、すでにアバタ―を使ったサイトが多数登場している。韓国最大の『セイクラブ』では、いまや、韓国の人口の半分を占める2200万人の会員を擁しているという。韓国の成功を見て、日本でもアバターの可能性に着目する企業が増えたわけだ。

日本でも、「どりむ島」「ヤフー」「カフェスタ」をはじめアバターを使ったサイトが続々と登場した。大半のサイトが、ネットユーザー同士のコミュニケーションを目的としたサイトであるのに対して、「どりむ島」は、実在の企業が立ち並ぶ臨場感ある仮想の街をつくろうとしている。

「どりむ島」を利用するためには、まず、会員になることが必要だ。住所や名前など基本情報を入力すれば、即座に会員になれる。登録料や会費などは発生しない。会員になるとアバタ―、つまりアニメの人間を一つもらえる。男性は男性アバタ―、女性は女性アバターだ。「どりむ島」の最大の特徴は、３Ｄ空間でできていることだ。マウス操作によって自分のアバタ―を自由に動かすことによって、島内を散策する仕組みになっている。

「どりむ島」は、アサヒ飲料やトステムや商船三井やリクルートをはじめ、大手企業が50社以上参加している。街を散歩しながら、アバタ―に上を見上げさせれば、缶コーヒーの「ワンダ」のネオンサインが画面に広がる。海の方に歩かせれば、商船三井の優雅な『にっぽん丸』が停泊しているのが見える。船に向かってアバタ―を歩かせれば、ＣＧによって再現された実物と同じ船内に入れる。豪華なレストランやスイートルームやロビーなどを見物するうちに、実際に客船に乗ってみたいと考える人もいるだろう。にっぽん丸のレストランで、仮想のパーティーを開催した時には、30人以上ものアバタ―が集まり、おしゃべりに花がさいたという。

もっとも人気が高い場所は、競艇場だ。ここでは20分おきに、競艇が開催され、賭けることもできる。勝てば、仮想の通貨がもらえ、その額によって、パソコンをはじめ、様々な懸賞に応募できる。ここを運営しているのは、競艇情報化センターだ。同センターでは、仮想空間で競艇をしながら、ルールや楽しさを知ってもらうことを狙っている。

島内には、ガイドやポリスや大統領などがいる。初めて島民になった人は、案内所に行けば、島内をガイドしてもらえるし、悪質なアバタ―がいた場合は、ポリスが助けてくれる。案内人やポリスもアバタ―で、会員がネットの向こうで操作している。このような役割を引き受けた会員は、時給500円相当の仮想の通貨がもらえ、通貨をためると、島内で買い物ができる。　

このサイトを運営している株式会社どりこむの目標は、出店企業数を増やし、各企業の仮想のショールームや店舗に、説明役のアバタ―社員を常駐させていくことだ。仮想の住宅展示場に、住宅の専門知識を持ったアバタ―社員を待機させ、仮想の銀行に住宅ローンに詳しいアバタ―社員を待機させるといった具合だ。わざわざショールームや店頭に足を運ばなくてすむし、また、電話や対面よりも、アバタ―同士の方が気軽に相談しやすいかもしれない。

このアバタ―社員は、各企業が、高齢者や身障者など通勤が難しい人を雇って担当させるわけだ。自宅のパソコンを使って仮想空間のアバタ―社員として働いてもらえば、彼らの雇用も確保できるし、仮想空間のサービスも充実していく。

もっとも、このような夢のような話が実現するためには、まだまだ問題が山積みだ。まず、現時点でも、システムが高度であるため、これを利用できる人は限られている。ブロードバンド環境が整い、さらに、ここ２年以内に発売されたパソコンでないとアバタ―がうまく動かない。だから、会員数は５万人に過ぎない。さらに臨場感をあげていくためには、ＣＧの精度の向上は不可欠だが、そうすれば、データはますます重くなり、使える人はますます限られるだろう。

それはさておき、まず、取り組むべき課題は、アバタ―の着替えを用意することだという。「カフェスタ」や「ヤフー」をはじめ、通常のアバターサイトは、アバタ―用の無料・有料の髪型や洋服などが揃っており、個性や季節に合わせてどんどんカスタマイズができる。韓国の「セイクラブ」では、その売上が24億円にも達しているそうだ。ところが、「どりむ島」では、現在のところアイテムがないので、島内で、自分と全く同じ姿のアバタ―と遭遇するのは面白くないという意見が多数寄せられている。そこから改善していくという。

また、現時点では、ポリスやガイドや他のアバタ―と話す時には、パソコンで言葉を打ち込むチャット方式なので、現在、音声を送るシステムを整えている最中だという。そうすれば、実際にアバタ―同士でしゃべれるので臨場感も増すし、高齢者などキー操作に慣れていない人でも使いやすくなるはずだ。

こうしてみると、ネット上の臨場感は、テレビのように、写真や動画での表現を実物に近づけるやり方と、自分自身がアニメになって３Ｄ空間を歩き回るやり方の二つの方向に分かれているようだ。さらに、将来は、この二つの技術が融合し、渋谷や新宿といった街そのものが、写真、あるいはリアルなＣＧ技術によってネット上に再現され、その中を自由に歩きまわれるようになるかもしれない。

いずれにせよ、仮想空間の未来は、私たちのライフスタイルそのものを大きく変える力がありそうだ。その未来を予測し、今から準備を整えた企業が、次の時代の大企業に成長できる。