その他の連載・論文

SRI 時々刻々
簡易保険資金掲載文
その他

簡保年金資金掲載文(小泉三保子との共同執筆)

ワインブームと庶民文化

輸入文化に誤解は付き物だ。つい最近までワインもそうだった。メルシャン(株)が五年ぐらい前に女性に対して実施した調査によると、女性の七割が一番飲みたい酒にワインを挙げた。ところが、実際のワイン消費量は、全アルコールの1・2%にすぎなかった。

その原因は、「ワインは蘊蓄を傾ける識者の飲み物なので手が出せない」「レストランで食事より高いワインを勧められる」「開栓したらその日に飲まなくてはならないから家で一人で飲めない」「栓を開けるのが面倒」「安いものでも一本千円前後というのは、普段飲む酒にしては高い」といったものだった。

一方、ワインの長い伝統を持つ欧米では、ワインの消費量の七割を五百円以下の低級ワインが占めている。つまり、ほとんどの人は、普段は、知識が全くいらない安いワインを飲み、特別なときだけ高級ワインを飲んでいる。また、開栓すると、すぐ味が劣化するのは、よほどの高級ワインだけで、ふつうのワインは、冷蔵庫に入れれば一~二週間はほとんど味が変化しない。

日本では、多くの人は、ワインといえば、欧米の人が特別な日に飲むワインだけをワインと考えていたわけだ。実際、日本のレストランでは、高級ワインしかなかった。家庭用のワインは、欧米の二倍の価格だった。日本産ブドウの価格は、国際水準の五倍だ。価格の安い海外のワインをブレンドしても、どうしても割高になる。

女性はワインに対し、特別なあこがれを持っている。もし、ワインの価格を欧米並みに引き下げれば、ワインの需要は盛り上がるはずだ。メルシャン(株)では、国産普及品ワインの半額である五百円のワインを開発し、そのワインに、フランス語でお買い得を意味する「ボン・マルシェ」という名を付けた。

メルシャン(株)は、五百円の「ボン・マルシェ」を作るために、次のような方法をとった。まず、東欧や南米等から低価格のワインを輸入し、国産ワインを全く混ぜずにブレンドした。すべて輸入ワインを利用しても、日本でブレンドし、瓶詰めすれば国産ワインになる。容器のコストを削減するために、瓶の底を平らにし、蓋はネジ蓋にした。ワインの栓がコルクだったり、底がひっ込んでいるのは、何十年も保存するためであり、せいぜい一~二年で商品として出回るワインに、そんなものは不要だったからだ。価格を下げた上で、開栓後も冷蔵庫に入れておけば、一~二週間は味に変化はないことを、ワインに明記したり、印刷物を配布した。

ボトル単位で輸入する輸入ワインについては、低価格のチリや南アフリカや東欧等のワインに重点を置き、新世界ワインと銘打ち、小売店だけではなく、居酒屋や焼き鳥屋等に販売した。このように、ワインをカジュアルにする努力を重ね、ワインを身近なものにした。ワインの価格が下がると、女性は男性と食事するときに、遠慮なく「ワインを飲みたい」と言えるようになった。男性同士でもワインを飲むようになった。幸いにも赤ワインが心臓病に良いことが、医学的に証明され、一気にワインブームが盛り上がっていったという。

日本では、一社が成功すれば、他社がすぐ真似をする。酒造メーカーは、こぞって低価格ワインを生産し、今やフルボトルで三百円台のものまで出てきた。

同時に、ワインの選び方についての情報も豊富になった。書店には、「ソムリエだれだれが選ぶ〇〇円以下のワイン」といった価格重視のガイドブックがズラリと並んでいる。国産ワインと輸入ワインのボトルには、白ワインについては、辛口から甘口、赤ワインについては、フルボディからライトまで五段階で味を表示したラベルが貼られるようになった。

驚くべきことに、日本の酒造メーカーは、ワインに使われるブドウの味を覚えるための、いわば練習用のワインまで発売した。それらのワインには「シャルドネ」とか「メルロー」とか「カヴェルネ・ソーヴィニヨン」といったブドウの品種が表記され、ブドウの味の特徴をよく出すように醸造されている。

自分の好みのブドウが見つかれば、今度は、輸入ワインでも、国産ワインでも、原料にそのブドウの名前が書いてあるものを、選べばいいわけだ。輸入ワインを選ぶのが、グッと楽になった。

ワインに使われているブドウの品種を表示しているのは、アメリカやオーストラリア、中南米や東欧、南アフリカ等で、フランスやドイツといった伝統国では、ブドウ品種の表示ではなく、作られた地域や畑の名前しか書かれていない。それがワイン選びを難しくしていた原因でもある。

最近は、ワイン一つ一つに、味の特色を表記する店が多くなった。フランスワインやドイツワインについても、小売店が、原料のブドウの品種を表示するようになったので、自分が好きなブドウの味さえ知っていれば、簡単に選べるようになった。

このように、ワインの輸入業者、ワインメーカー、販売店等が、ワインの普及に努力した結果、ワインブームが起きた。平成五年から二桁成長が続き、それによって、ワインの消費量は全アルコールの五%近くを占めるようになり、ついにウィスキーの消費量を追い抜いてしまった。

振り返れば、これまで日本には、何度もワインブームがやってきた。東京オリンピック、海外旅行ブーム、万国博覧会は、外国人がワインを飲む姿を大勢の人が見たことから始まり、バブル経済期は、土地成金が、欧米の上流階級をまねることから始まった。しかし、いづれのブームも、ワインの情報発信者が識者だったため、フランスの高級ワインの知識に偏り、ワインはいつまでたっても全アルコール消費量の一~二%をうろついて居たわけだ。

ワインに限らず、政治、経済、文化をはじめ遠い国から知識を輸入するときには、常にこのような欠陥がつきまとっている。

ページのトップへ