簡保年金資金掲載文（小泉三保子との共同執筆）

ソシアルインフラが求められる時代

大都市の治安が悪化するとともに、地域コミュニティの大切さが改めて認識されるようになった。
崩壊した地域コミュニティを復活されるためのソシアル・インフラが必要になってきた。
現在は、大都市のマンションでは、引っ越しの挨拶をしないのは普通だ。もっとも、挨拶する気があっても難しい。

まず、ドアの前に表札をかけていない家が多いので、何となくインターホンを押しにくい。また、インターホンを鳴らしても出ない家が多い。共稼ぎが増えている上に、夜中に帰宅する人も多いからだ。さらに、居留守を使う人も増えている。せっかく挨拶の品を買っても無駄になるので、挨拶などやめる人も増えた。

表札をかけなかったり、居留守を使う人が増えた原因の一つは、新聞、リフォーム、布団、宗教などのしつこい勧誘が増えたからだろう。最近は、詐欺紛いの勧誘や強盗も増えている。

もし、悪質な勧誘員に対してドアを開け、彼らに顔や玄関を見られれば、おおよその家族構成を知られる。悪質な勧誘員同士は、お互いに情報交換をしながら助けあっている。彼らの間では、「女性の一人暮らし」とか「老人の一人暮らし」とか「購入した」といったことを示すマークが決まっており、帰り際に、そのマークをどこかにつけて帰る。一度、怪しい業者に応対すれば、次々に怪しい業者がやってくる可能性が高まる。

「安全」について書かれた本では、用事がある人や、何かを送った人は事前に連絡してくるものなので、心あたりがない時はインターホンには応対しないよう指導している。仮に、居留守を使った相手が宅配業者であっても、彼らは、ポストに、荷物を届けに来た旨を伝える不在票を入れて帰るので受け取りそこねる心配はない。事前連絡なしにベルを鳴らす人は、ほとんど勧誘員なので、無視するに限るというわけだ。

怪しい業者や犯罪者が近づかないように、現在では、電話帳に電話番号を掲載しない人が増えた。電話帳は薄くなり、もはや電話帳の役割を果たさなくなったので、ＮＴＴは、電話帳の全員配布はやめ、希望制に変えた。飛び込みセールスをしている業者にとっては、電話番号や住所が手に入らなければお手上げだ。だから、個人情報を高額で買い取るようになり、それがカード会社やＩＴ会社などから不正に個人情報を盗み出すといった犯罪の呼び水になっている。

用心深い人が増えるとともに、女名の表札を出したり、電話帳に名前を掲載したり、不用心に戸を開けたりして強盗や暴行の被害にあった人は、逆に本人の心がけが悪いと考えられる風潮すら広がりつつある。

今では、新聞の集金は夜中に回るはめになり、宅配便の業者は何度も同じ家を訪ねるようになった。また、クーラーなどの工事は、何時につくといったことをこまめに連絡するようになった。

多くの人が用心深くなり、近所づきあいもしなくなると、それが逆に働き、ますます治安は悪化した。隣近所の人がお互い顔を知らなければ、犯罪者は、いくらマンションの中をうろついていても怪しまれない。オートロックのマンションでも、窃盗団は、住民に紛れてどんどん入ってくる。先日は、同じマンションの女性を次々に暴行した事件もあった。犯人は、顔が知られていないと安心していたのだろう。

警察のホームページでは、「エレベーターに乗る時は非常ベルの前にたつ」とか、自分の部屋に入る時には、インターフォンを使って、中にだれかがいるような演技をすべきだといったことが出ている。こうした指導が必要なのも、住人同士が顔を知らないからだ。

隣近所とのつきあいは、以前よりもずっと大切になってきたが、いきなり近所づきあいを始めようとしても難しい。たとえば、ある公団では、多くの住人が、地元のインターネットの掲示板に匿名で参加し、どこの病院がいいとか、酒はどこが安いといった情報を頻繁にやりとりしている。掲示板だけをみれば、昔ながらのコミュニティそのままだ。ところが、先日、夜中に非常ベルが鳴り、百人以上の住人が外に飛び出した時は、巡査や消防士に話しかける人はいても、住人同士で言葉を交わすことはなかったそうだ。無言の大集団は、薄気味悪くすらあったという。ネットのコミュニティは、なかなか現実のコミュニティには結びつかないようだ。

ついに、住民同士のコミュニティの仲介をするマンション会社も現れた。その会社では、新しいマンションができて３ヶ月くらいたった頃、入居者パーティーを開催している。出欠を知らせるはがきには、どの部屋の人と知り合いになりたいかを書く欄もある。多くの人は、隣の部屋と階下の部屋の人と知り合うことを希望するという。歩く音や洗濯の音、あるいは夜中にドアを開け閉めする音がうるさくないかを確認したり、謝ったりするためだ。

パーティの当日は、住民に加えて、マンションの企画会社、販売会社、施工会社、管理会社の社員も参加する。パーティーは着席スタイルで、参加者は、それぞれ首から自分の部屋番号と名前を書いた札を下げ、知り合いたい人の近くに座る仕組みになっている。自己紹介の時間もある。マンション会社のスタッフたちは、各テーブルを回って話の盛り上げ役を果たす。パーティーを開催した後は、住人同士は、エレベーターホールで出会うと、挨拶したり、言葉を交わしたりするようになる。住人の希望があれば、定期的にパーティーを開催する制度もある。この入居者パーティの存在を、マンション会社選びの決め手にする人も少なくないという。

日本では、この20～30年間でコミュニティはすっかり崩壊した。すでに地域コミュニティをほとんど体験していない世代も現れた。コミュニティの必要性が高まっても、このような文化に慣れていない人たちが自主的につくっていくのは難しい。

考えてみれば、ボランティアや地元の趣味の会などへの参加者が増えているのは、ソシアルインフラを求めているためかもしれない。まもなく、マンションに限らず、多様な業種でソシアル・インフラがセールスポイントになる時代がやってきそうだ。