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組織に蓄積された独自のノウハウを見直す

IT化やグローバル化に合わせて組織の見直しをする企業が増えているが、組織体制には、その会社独自の文化やノウハウが蓄積されていることが少なくない。

グローバル化、情報化の進展とともに、市場のニーズは多様化し、同時にめまぐるしく変化するようになった。新しいニーズをいち早く捉え、それを組織に的確にフィードバックできる企業が成長できるわけだ。どの企業もそれを狙って、客が提案できるホームページをつくったり、フラットな組織に作り変えたり、社内掲示板をつくったりと試行錯誤を繰り返している。

こうした中で、非常にうまくいっている例がいくつかある。バーコードや二次元コードやラベルやハンドラベラーなどを製造している一部上場会社の(株)サトーでは、『三行提報』という手法で、スピーディーな情報収集と情報の共有化に成功している。

『三行提報』とは、全社員が、毎日、会長・社長宛に提出する三行のメールだ。「こんな技術があるが、どこどこの部署でつかえないだろうか」「客からこんな要望があるから製品に反映させてほしい」といった業務の提案から、「非喫煙者のために喫煙所を設けてはどうか」といったオフィス環境にかかわることまで、内容は様々だ。

この会社の社員は1000人以上の社員がいるため、会長・社長が、全てに目を通すわけにはいかない。担当スタッフが、最重要の50通を社長に送り、その他は、関連部署の部長などに振り分けられる。
会長・社長が、緊急に手をつける必要があると感じたものは、直接、会長・社長から、担当部署に指示が出る。同時に、社内のイントラネットで、だれそれの『三行提報』が、重要事項として会長・社長から担当部長に回ったといったことが発表される。

同社では、三行提報によって、様々なビジネスチャンスを掴んだ。たとえば、一人の営業マンが、取引先のスーパーから、「きれいにダンボールから剥がれるラベルはできないか」と聞かれたので、『三行提報』で提案すると、即座に社長から開発命令が下り、約1ヵ月後には商品化された。
もし、顧客からの提案やクレームを待っていれば、しかるべき部署に伝わるまでに、1ヶ月も2ヶ月もかかる。それよりも、社内の人間が、現場で聞いた話を即座に社内に伝えるほうが、はるかに早い。有益な情報は、トップダウンで担当部署に命令されるので、解決もスピーディだ。

一方、会長・社長の手元に届かなかった『三行提報』は、全て無記名で、社内のイントラネットに発表される。間違った情報や技術に関する誤解などは、専門部署から訂正の書き込みが入る。
それらは、キーワードで検索できる仕組みにもなっており、たとえば、開発部門が、スーパーマーケットといったキーワードで検索すれば、スーパーについて書かれた『三行提報』が全て出てくる。それらは、資料として使えるし、希望すれば、その情報提供者にヒヤリングもできる。

三行提報の提出は、社員の教育にも役立っている。まず、端的に要点をまとめるのが上手になる。また、毎日、書くために、絶えず考える癖がつくそうだ。他部門に対する提案もできるので、視野も広くなる。提案が、会長・社長に取り上げられれば、モチベーションも一挙にあがる。

同社の『三行提報』は数10年の歴史を持つ。最初は、会長・社長宛に、日報を提出していたが、会社の規模が大きくなるにつれ、読みきれなくなり、短冊に3行書くといったやり方に変わったという。短冊は、部署ごとにまとめられて、社長宛に郵便で発送されていたそうだ。IT技術の発達によって、それは、社員全員のデータベースとしても機能するようになった。

ところで、同社は、IT化をいくら推し進めても、『三行提報』の基本コンセプトは、まるで変わっていない。いいかえれば、数十年にわたって蓄積したノウハウを、ITに乗せただけだからうまくいったのだろう。

また、界面活性剤を中心にした一部上場会社の三洋化成工業では、日本企業のお家芸とも言えるノミュニケイションと仲間意識を盛り立てることで、次々にヒット商品を生み出している。特徴的なのは、有言実行は評価され、黙ってやったことはまるで評価されないという企業風土だ。

そのために、数々の宣言制度が整っている。もっとも有名なのが、チャレンジ契約制度だろう。「納期を短縮したい」「違う業種を開拓したい」「売上を2倍にする」など、テーマは問われないが、それを実行する旨、社長と直接契約を交わすのである。契約書には、一緒にチャレンジする仲間の部署と名前、成功した場合の報償、失敗した場合の償いを書く欄がある。報償は海外視察が多く、償いはプラントのペンキぬりが多いという。チャレンジが認められれば、その決意を全社員の前で宣言するそうだ。これで、情報の共有化は、なんとなくできてしまうのだろう。チャレンジに失敗してペンキ塗りをした後は、工場の人と一緒に飲むための飲み代が支給されるそうだ。

また、宣言するだけで飲み代がもらえる奨励賞というのもある。社長や役員に対して、「こうすれば残業が減る」「こんな市場を攻めてみる」といった提案を口頭で伝え、「面白い」と評価されれば、社内小切手が切られれる。それを総務にもっていけば、現金に換金できる。

もちろん、これだけで、すばらしい製品が次々に生まれるわけではない。営業マンが全て理科系出身者であったり、開発担当者が営業に同行するといった同社の特徴的な人材構成、営業手法、開発手法などが成功の要因である。

しかし、もっとも重要な要因は、人前でやることを宣言するというオープンな姿勢だろう。この姿勢が、実は、グローバル化や情報化にあっているといえそうだ。

いうまでもなく、それぞれの企業の組織や仕組みは、数十年にわたって蓄積したノウハウそのものでもある。それを、グローバル化や情報化にあわせて、いきなり変更すれば社内が混乱し、効率が低下するのはあたりまえだ。組織のどの部分に、その会社らしい伝統やノウハウがつまっているのか。それをしっかり検討するのが、グローバル化、情報化に対応する早道だろう。

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