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環境問題と新しいネットワーク

これまで、企業のグループ化や連携の目的は、効率を上げたり、利益を独占するためのものだった。これからは、環境問題を軸にした新しいネットワークが大きな力を持つかも知れない。

最近は、環境問題に本気で取り組む企業が増えてきた。受付ロビーのラックには、商品パンフレットや会社案内などと一緒に「環境報告書」が並ぶようになった。

企業が環境問題に本腰を入れ始めたきっかけは、いうまでもなく1997年の京都会議だ。誰でも、環境に負荷をかけてはいけないと知っている。しかし環境対策に本気で取り組めば、多額のコストがかかる。どの企業も、いろいろな部署から、環境対策の提案が出ては、稟議の段階で消えることの繰り返しだった。

ところが、京都会議には、温室効果ガス排出の削減目標を定めるために世界中の国が集まった。これを見れば誰でも近い将来、環境に関したあらゆる分野に、同様の動きが広がっていくことが予想される。言い換えれば、企業に、環境対策に費用をかける合理的な理由が見つかったわけだ。かってなら、途中で消えてしまったような意見が、取り上げられるようになった。

化粧品最大手の資生堂では、1昨年(2001年)から、化粧品の空き瓶のリサイクルを始めた。消費者に販売した化粧品の空き瓶は、小売店を通じて回収されるという。掛川の主力工場内には、回収した空き瓶をカレット(ガラスくず)にするための工場を新しく造った。カレットは、ガラスメーカーに対して、化粧品容器の材料として販売するわけだ。同社が、自社でオリジナルの回収ルートをつくろうとしたきっかけは、化粧品の空き瓶が、埋め立て用のゴミとして処理されていたことだという。実際十数年前までは、高級感を出すために化粧品の瓶には、硬質ガラスを始め、再生できない特殊なガラスが使われていた。化粧品は、容器によって売れ行きが変わったからだ。

しかし、十年くらい前から、同社は特殊なガラスを使うことを止めた。化粧品が入っているブルーや白の瓶は、ふつうの透明ガラスに塗料を吹き付けただけだ。ガラスを再生するためには、千七百度くらいの温度でどろどろに溶かす。その時塗料は全て焼け落ちてしまうので、再生には全く問題がないという。また、プラスティックや金属部分は、誰でも、簡単に外せる設計に変えた。これで、化粧品の瓶も再生されると期待していたが、実際には従来通りの埋め立てが続いた。同社の努力は、全く無駄になったわけだ。

自治体の立場で考えれば、それは当然のことかもしれない。現在、国内には数千社の化粧品メーカーがある。同社のように、普通のガラス瓶を使っているメーカーもあれば、特殊ガラスを使っているところもあるだう。そうした多様なメーカーの化粧品の空き瓶が、混ざってゴミとして出てくるわけだ。この中から、普通のガラス瓶と、特殊なガラス瓶を選別することは難しい。その上、化粧品の空き瓶には、クリームなどが付着しているので、清涼飲料水の空き瓶と違って洗うのも大変だ。埋め立て処理に回されるのは当然かも知れない。

同社では、自主回収を決意した。もっとも社内では、自主回収の話はこれまでも何度となく出ていた。京都会議をきっかけに、そのような意見がやっと採り入れられたわけだ。化粧品の空き瓶の回収には、化粧品の配送ルートがそのまま利用された。同社の化粧品を納入するときに、小売店から空き瓶を回収する。それらは、化粧品を運んできて荷物が空になったトラックの帰り便に載せる。帰り便だから、余分なCO2を派出せずに済むし、新たな配送コストもかからない。

掛川工場に運ばれたガラス瓶は、粉々に粉砕されてガレットにされる。ところが、ガラスを洗浄しようとしたら、市販の洗浄剤では汚れが落ちなかったという。結局、自社で洗浄剤まで開発した。排水の時に環境への影響が少ない事にも配慮したそうだ。この洗浄剤に対して引き合いも来ている。思わぬビジネスも発生したわけだ。ガラスメーカーでは、カレットはごく普通の原料として使われている。化粧品の瓶の原料を資生堂化粧品の空き瓶で作ったカレットに切り替えて貰う交渉は簡単だ。

ここまでは、社内やグループ会社や納入業者の話なので、意思の統一は図りやすい。難しいのは、消費者から販売会社までの回収だ。まず、全国に散らばる約2万店の化粧品店に、趣旨を説明して、消費者が持ち込んだ化粧品の空き瓶を、店内に一時保管して貰うように「お願い」をしなければならない。化粧品店にとっては、客が空き瓶を返しにくれば、来店回数が増えるといったメリットが期待できる。一方、デメリットは、空き瓶を保管するための場所を確保したり、不完全な洗浄の空き瓶で床が汚れたりすることだ。直接、売上にはつながらない回収に、どのくらいの化粧品店の協力が得られるか分からないので、まず、福岡市でテスト展開をしたそうだ。

福岡市は、都市型の生活をしている人と、地方型の生活をしている人が混在していることが特色だという。だから、福岡市でテストすれば、地方や大都市での反応が、ある程度予測出来るのだそうだ。さらに、福岡市の販売会社の責任者は、グループ会社内でも、特に環境問題に熱心な人だった。その責任者なら、実際に小売店への説得に当たるセールスマンに対して、うまく環境教育が出来ると期待されたわけだ。環境問題への取り組みの成否は、結局は、個人の価値観に負うところが大きいといえよう。

1年足らずで、約200店舗の協力が得られたので、全国展開に踏み切ったそうだ。どの地域でも、まず、パパママストアのような小さな店が了解したという。大企業は、保管場所や客とのやりとりなどに規則を作らなければならないので、決定までに時間がかかった。しかし、決まれば一挙に全店に導入されるので、協力店舗数は一挙に増える。すでに、高島屋やイトーヨーカ堂などが、全店に導入したそうだ。

企画の検討に3年、福岡のテストに8ヶ月、全国展開が始まって1年半、取り組んでから5年以上経過して、現在では、全国の半分強の店の協力が得られた。せっかく体制を整えても、肝心の客が来なければモチベーションが下がってしまう。これから、消費者への本格的な告知を始めていくそうだ。

ところで、客からの回収率を上げるために、ポイント制を導入してはどうかといった意見が、社内や小売店からしばしば出てくるそうだ。しかしそれをやれば、「環境への配慮」が、「ポイント集めの努力」にすり替わる恐れがある。ポイント集めが主になれば、「簡易なボトル」や「環境に配慮した化粧品」などが、セールスポイントになる時代は、いつまでたってもやってこない。

同社では、かって、客や店に環境意識調査をした上で、ゴミを減量するための小さくつぶせる、ボトルに入れたシャンプーを売り出して大失敗したことがある。アンケートでは、いくら「環境に優しいシャンプーが買いたい」「販売したい」と答えても、実際に見てくれが悪いと買わないし、売れなければすぐ返品される。実際に行動する人が、如何に少ないかを実感したため、結局、原動力があやふやになるポイント制は排除したわけだ。

一方、困るのが、他社の化粧品の空き瓶が持ち込まれたときだ。同社の空き瓶を回収すればサービスの一環になるが、他社の商品を回収すれば、廃品業者の申請が必要になる。そこで現在では、化粧品団体に対して、共同回収を呼びかけているそうだ。すでに一部の地域では、CO2 の削減を目的に、共同配送が実施されている。そうした地域が広がれば、共同回収も簡単なはずだ。

かっては、いろいろな企業が協力し合う目的は、コストの削減やノウハウの提供だった。環境対策は見方を変えれば、企業が協力し合う新しい軸が出来たことを意味している。丸の内の大企業で、コピー用紙のリサイクルシステムを構築し、それが千代田区全域、さらに中央区や港区にも同様の仕組みができたオフィス町内会などは、そうしたネットワークのの代表だろう。処理費用は自治体よりもはるかに安い。

新しい出会いは、新しいビジネスを生み出すものだ。ひょっとしたら、環境を軸とした新しいグループから、思わぬビジネスが誕生する時代がやってくるかも知れない。

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