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価値観の変化と漁師ブーム

サラリーマンから漁師の転職する事が一寸したブームだ。それは、地方が、大都市から人材を吸収するチャンスの時代がやってきたことを意味したいるのかもしれない。

最近、「漁師」が、ちょっとした人気職業になってきたという。先月、池袋で開催された漁師になるための就職ガイダンス「漁師フェア」には約400人もの人が訪れた。教師や両親に付き添われてやってくる高校生、転職希望のサラリーマン、老後に田舎での漁師生活を夢見る定年間際のサラリーマンをはじめ、さまざまな参加者がいた。

その中心を占めているのは、30歳前後のサラリーマンだ。漁師希望者が増えたのは、バブル経済が崩壊したころからだという。多くの企業が経営不振に陥り、年功序列や長期雇用制度が崩壊し、サラリーマンの未来に明るい希望が持てなくなってきた。手に職を持たないサラリーマンは、もし、会社がつぶれればたちまち路頭に迷うかも知れない。それよりも、大自然の中で、自分の腕一本で生きてみたいという人が増えてきたわけだ。

アウトドアブーム、釣りブーム、独立ブームなどがその傾向に拍車をかけた。実際、フェアに訪れた転職希望者の多くは、「汗を流す仕事がしたい」「海が好き」「自然の中で働きたい」「成果が目に見える仕事がしたい」「将来、船を持って独立したい」といった理由を挙げている。『BE PAL』という男性向けの趣味雑誌が、「二十一世紀の漁師達」という連載を始め、人気に拍車をかけた。

ところで、これまで漁師は多くの場合、世襲だった。新しく採用したとしても、縁故であり、無関係な者が採用情報を手に入れることすら難しかった。漁師になりたい人は、地方の職安に行ったり、漁業就業者センターに問い合わせたり、地方に住み着いてコネをつくったりと、そのやり方はバラバラだった。

漁師希望者が増えるとともに、市町村や県の漁業協同組合などに問い合わせが殺到するようになった。そこで、六年前に、全国漁業協同組合連合会は、漁師を目指す人のための相談窓口を設けるようになった。また、全国の採用情報も、同連合に集まる仕組みができてきた。また、「定置網漁」「まき網漁」といった漁の種類、それぞれの仕事内容、独立するまでのステップや待遇、漁師に転職した人の体験談などをパンフレットやインターネットなどで詳しく紹介するようになった。

もっとも、これまでサラリーマンをしていた人が、危険な海で簡単に働ける筈はない。船酔い苦しんだり、重労働に嫌気がさして、ほんの数日で辞めてしまう人が多かった。会社を辞めてきた人は、戻るところがない。新しい人材に期待していた漁業者は失望する。こうした繰り返しだったという。

そこで、一種のインターシップ制度の導入が始まった。漁師希望者は、会社を辞めずに、数日間の漁業体験に参加するのである。漁師希望者は、体験によって、果たして漁師として本当にやっていくことができるのかじっくり判断するわけだ。漁業体験では、五人とか十人といった漁師希望者がまとまって一緒に船に乗る。漁業者は、大勢の中から、誰が漁師に向いているかを判断しようというわけだ。

都会からのサラリーマンを受け入れてすでに十年以上の歴史を持つ地域もある。一人の成功者が生まれれば、その人が、新たに入ってくる人の相談者になるので、新しい定住者も、うまく地域にとけ込めるそうだ。そうした地域は、高齢化による後継者不足が、解消されつつあるという。

ところで、不況が深刻になってきたので、たんなる労働の担い手ならば、地元で調達できる。また、サラリーマン出身の漁師が多くなると、漁業者が求める能力のハードルも高くなった。漁業者達は、サラリーマンに、パソコンの能力とか、収穫した魚の付加価値を上げるアイデアなど、企業で培った能力を求めるようになってきたという。すでに、上司に逆らわないサラリーマンの働く姿勢は、高い評価を得ている。

能力のある人材を定着させるのに成功した地域がある一方、まだ、大多数の地域では、外部の人材の受け入れには消極的だ。将来、優秀な人材を確保している所と、そうでない所の経済の格差が拡大しそうだ。

ところで、いつの時代でも、社会の価値観が大きく変わるときには、意外な職業に人気が集まるものだ。その典型は、オイルショックの時の「脱サラ」ブームだろう。当時は、サラリーマンを辞めてペンションや喫茶店の経営者に転じる人が続出した。

しかし、その大半は経営不振に陥った。その多くは、サラリーマンとして成果を上げられなかった人たちだったからだ。それに対して、最近は、サラリーマンとしても成果を上げていた人たちが、続々と独立して店を開き、成果を上げる人が増えてきた。また、店舗経営に不慣れな人をサポートするフランチャイズシステムが充実したので、フランチャイズを一回経験してから、独立を目指す人も増えている。

漁業、農業、林業などでも、同様の動きが始まっているようだ。「大企業よりも中小企業で働きたい」、また、「サラリーマンよりも独立して自営業者になりたい」、「都会よりも豊かな自然の中で子育てしたい」という具合に、現在では、多くの人の価値観が大きく揺れている。都会の子供が「漁師になりたい」と言ったときに、両親や先生が、積極的に説明会に連れて行くことなど、一昔前なら考えられなかったことだ。

このように価値観が揺れている時代に、地域を活性化するためには、都会の産業を誘致することではなく、地場産業に都会の人やサービス産業出身者が流入しやすい環境をつくることが早道なのかも知れない。

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