その他の連載・論文

SRI 時々刻々
簡易保険資金掲載文
その他

簡保年金資金掲載文(小泉三保子との共同執筆)

インテリアブームと繁華街の不振

若者を中心にインテリアに関心を抱く人が増えてきた。自分の部屋が快適になるとともに部屋で楽しむ時間が長くなり、繁華街に足を運ぶ機会が減少しつつあるようだ。
(簡保2003/11月号掲載より)

最近、インテリアに凝る若い人が増えてきた。ファッション雑誌では、しばしばインテリア特集を組み、男性用のインテリア雑誌も多くなった。

インテリアブームのきっかけの一つは、数年前に始まったカフェブームだ。代官山や原宿をはじめとする若者に人気がある繁華街に、アジア風、ヨーロッパ風、アメリカ風といった店主の趣向を凝らしたカフェが次々に現れた。いずれの店主も、「人のためではなく、自分がくつろげる空間をつくりたかった」と話している。

店主の多くは、フリーターなどをしながら海外を転々とした人、ミュージシャンやデザイナーといった若者が憧れるカタカナ職業を目指した人たち、自由な生き方を求めてサラリーマンを辞めたいった人たちだ。共通しているのは、独立精神が旺盛で、社会に対して、ちょっとした反発精神を持っていることだ。彼らは、自分の思想や個性をカフェという小さな空間で思う存分に発揮したいと考えている。

ところで、この20年間くらいは、激しい格安コーヒー店戦争が続いていたので、独立系の味のある喫茶店は、ほとんど潰れてしまった。ビジネス街でも繁華街でも、「ドトール」や「スター・バックス」といった大手コーヒーチェーンばかりだ。そろそろ格安コーヒーチェーンに、人々が飽きてきた頃に、タイミングよくカフェが登場し、若者の心を一挙のひきつけたわけだ。

大正

いうまでもなく、いつの時代もカフェ・ブームが起これば、若者の新しい文化が生まれる。大正時代や昭和の初期には、左翼思想、洋装、椅子とテーブル、珈琲といった西洋文化がカフェから拡がった。戦後は、クラシック、ジャズ、ロックといった音楽が喫茶店から拡がっていった。80年代、90年代の喫茶店は、欧米の高級食器で高級紅茶や高級珈琲を出したものだ。間接照明、フローリング、高級スピーカーなど、この他にもカフェから拡がっていった文化は沢山ある。

今回のカフェブームでは、「インテリアで自分の個性を顕示する」といった文化が広がったといえよう。実際、カフェブームと同時に、書店には、「自分の部屋をカフェのようにする」といった内容の雑誌が並ぶようになってきた。

ところが、カフェに置いてあるような洒落た家具は、手ごろな価格ではなかなか売っていない。ここに目をつけた若い起業家達が、次々に家具店を開くようになった。自から輸入したり、中古家具を買い集めて張り替えたりといった具合に、それぞれの店で工夫している。また、婚礼家具不況のあおりで、仕事を失った家具職人に、低価格でオリジナル家具を発注しているところもある。

特に中目黒周辺は、そのような家具店が、急激に増えている。アジアン家具、日本の中古家具、北欧家具、アメリカの中古家具、ビンテージ家具など多様な家具の専門店が集積している。中目黒は、代官山や渋谷などのベットタウン的な位置にあるため、つい最近まで店のテナント料は驚くほど安かった。それが、資金のない若い起業家をひきつけたという。

人形

こうした家具店には、家具だけではなく、ランプ、人形、食器、洋服、アクセサリーといった多様な商品が置いてある。客は、アジア風、アメリカ風、カントリー風といった具合に、基本を決めれば、それに合わせた家具、カーテン、音楽、本、ついには洋服までコーディネートしていかなければお洒落になれない。最初の一歩を間違えたら大変なので、どの客も、まるで人生相談をするように真剣に店員と話している。センスの良い店員には、絶大な信頼が寄せられるわけだ。今は、家具店の店員や店主が、ちょっとした憧れての職業だという。

若い人が、インテリアに凝るようになった第1の原因は、広くて快適な家が増えてきたことだ。最近は、公団でも、天井は高くなり、床暖房つきの広いリビングルームがある。また、民間マンションでも、設計家や照明でデザイナーなどを起用するようになってきた。つまり、洒落た家具に合う部屋が増えてきたわけだ。

もう一つの原因は、若い人が自由になるお金が増えてきたことだ。現在は、30歳過ぎても独身の人が多い。男女雇用機会均等法が施行されて以来、総合職の女性の所得は急速に増えている。また、30歳前後の人は、たとえ結婚しても、大抵は共稼ぎだろう。夫婦の所得を合算すれば、1000万円近くになる家庭は珍しくない。人数が多い団塊ジュニアが、こうした年代に入ってきたことが、ひょっとしたら家具ブームを押し上げているのかもしれない。

そういえば、20歳代向きのインテリア雑誌では、手作り家具や家具の改造方などに、かなりのページが割かれている。また、数百円のコップから並んでいるカラフルな家具や雑貨を扱う雑貨店『フランフラン』は、インテリアに興味を持ちたての若い層をうまくつかみ、設立わずか10年で全国に50店舗展開するまでに成長した。

ところで家の中は、もともと何処よりも落ち着く場所だ。そこに、個性にマッチした快適性やファッション性が加わったために、どこにいるよりも居心地の良い空間になってきたわけだ。快適な空間を作れば、人に見せたくなる。友人を招いて、本格的なフランス料理やアジア料理を振舞うといった人も増えてきた。外国料理でも、インターネットで有名シェフがレシピを公開しているし、料理に必要な珍しい食材や調理器具まで販売しているサイトもある。料理が上手になれば、食器にも懲りたくなるだろう。そうなれば、そこらのレストランには行く気がしなくなる。

また、観葉植物を育てたり、部屋の中でペットを飼う人も増えてきた。ペットが寂しがるので、遠出を控える人もでてきた。

こうしてみると、繁華街の賑わいが薄れ、サービス産業の売り上げがダウンしたのは、何も景気が悪いためだけではないようだ。江戸時代に、浅草や両国が大繁華街として成長したり、風呂屋や床屋などが庶民の社交場として賑わった最大の原因は、家が狭くて居場所が無かったからだという説がある。住環境が整っている欧米では、やたらと外食したり繁華街に繰り出したりしない。そう考えると、日本の繁華街の地盤沈下やサービス産業の不振は、日本の住環境がやっと快適になったことの現れなのかもしれない。

ページのトップへ