簡保年金資金掲載文（小泉三保子との共同執筆）

ユニークなファンドの登場と消費者教育

アメリカで、優れた演劇や楽曲や映画などが生み出される要因の一つは、機関投資家向け、個人向けのプロジェクト・ファンドが充実しているためだ。日本でも、やっと、文化的なファンドが登場してきた。
（かんぽ資金2004年３月号）

最近、個人投資家を対象にしたユニークなプロジェクト・ファンドが続々と出てきた。ゲーム・ファンド、ラーメン・ファンド、アイドル・ファンドなどは、その代表だ。

たとえば、ラーメンファンドは、昨年12月に渋谷にオープンした『麺』をテーマにしたフードコンプレックス『麺喰王国』に出店した８件のラーメン店の平均客数に連動している。一口の価格は50万円で、投資期間は１年間だ。損益分岐点は、１日あたりの平均売り上げ杯数が４０１～５００杯で、この時は、投資額と同じ50万円が戻ってくる。１００１杯以上売れた場合が最高であって、利回りは10%、つまり55万円に増えて戻ってくる。最低は、２００杯未満で、この時の利回りはマイナス８％、46万円しか戻ってこない。

このファンドの目的は、ラーメン店の保証金を下げることにある。企業がテナント契約をする場合の保証金は、下がったとはいえ、一等地では、２０ヶ月以上とられることは珍しくない。場所によっては、保証金だけで１億円以上もかかるという。

『麺喰王国』は、渋谷のテナントビルの一部を使っている。そこに全国の有名ラーメン店をテナントとして集めようとしたが、膨大な保証金をラーメン店に負担させるのは難しい。そこで、投資家からお金を集めて、その分、ラーメン店が出店する際の保証金を下げようとしたわけだ。ファンドの募集は、トレーダーズ証券が担当した。

アイドル・ファンドもユニークだ。グラビア・アイドルを売り出すためには、写真集やＤＶＤの発行が欠かせない。大規模なタレント事務所なら、プロモーションの費用を簡単に捻出できるが、弱小プロダクションは難しい。その費用をファンドで賄おうとした。

このファンドを企画したのはデジタル・コンテンツで、ファンドの募集はジェット証券が担当した。投資対象のアイドルは、全部で５人いる。様々なタレント事務所から集まった３００人の候補から絞り込んだ選りすぐりの５人だ。いずれのアイドルも、すでに雑誌のグラビアやラジオなどで活躍している。投資家は、この中で好きなアイドルに投資する仕組みだ。

デジタル・コンテンツでは、彼女たちを売り出すためのプロモーションの一貫として、ＣＳチャンネルで、「秋葉原プロダクション」というテレビ番組も放映している。彼女たちは、秋葉プロダクション所属のタレントで、社長に鍛えられながら、一流のアイドルに育っていくという話しだ。アイドルが好きなのは、秋葉系といわれる「オタク」に多い。だから、「秋葉原プロダクション」というタイトルであり、撮影は、秋葉原の大手家電店ヤマギワのソフト館を使っている。公開収録では、大勢の秋葉系の人たちがつめかけ、彼らの多くが、アイドルファンドに投資したという。

投資額は一口５万円で、投資した人には、アイドルを囲む投資家の集いに参加する権利が発生する。また、アイドルのサイン入りの写真集やＤＶＤももらえる。

アイドルファンドでは、全部で４冊の写真集と４枚のＤＶＤを出す予定だ。一冊目の写真集と１枚目のＤＶＤが、ともに１０００冊以上、１０００枚以上売れれば、２冊目の写真集と２枚目のＤＶＤを出せる。次も１０００冊、１０００枚の壁を越えれば３冊目、３枚目が出せるという仕組みだ。４冊目の写真集と４枚目のＤＶＤまで発行できれば、売り上げの約１割が配当金として投資家に戻ってくる。２枚目、３枚目で終われば元本割れだ。ただし、どれだけ売れなくても、２万円までは戻すことを保証している。アイドルになれる人は、１万人に一人くらいなので、元本割れになる可能性は高い。それでも、好きなアイドルを応援したいといった人が投資するわけだ。

ところで、企業にとって、プロジェクト・ファンドを利用するメリットの一つは、金融機関や財務部と折衝するよりもスピーディーに資金調達ができることだ。また、投資家がリスクをとるので、企業家はリスキーな投資もリスク無しで行える。

不動産ファンドのようなリスク計算が客観的にできる分野では、機関投資家を呼び込みやすいが、「ラーメンがどのくらい売れるか」とか、「アイドルが、どのくらい人気がでそうか」といった主観的な商品は企業の投資には馴染みにくい。それこそ、ラーメン好き、アイドル好きといった個人にふさわしいわけだ。

日本の文化が成熟するとともに、このような主観的な商品やサービスが増えていくと予想される。アメリカで優れた演劇や映画や楽曲ができるのは、機関投資家向けはもちろん、個人向けのファンドが発達しているからだ。日本でも、文化を育てたり、社会活動を活発化させていくためには、ファンド市場の育成が欠かせない。

プロジェクト・ファンドには、匿名組合契約方式が利用されているが、使い勝手がよくない。間もなく、法改正が行われると予想されている。それによって使い勝手がよくなれば、ファンドの需要はもっと増えるはずだ。

その前にすべきは、日本の個人投資家の教育だ。日本人は、悪くすればば元本が０になるハイリスク・ハイリターンの投資にはなれていない。中でも、ユニークなファンドに投資しようという個人は、ファンドの対象商品やサービスに関心のある人で、投資経験がほとんどない人が多い。元本が３割に減ったジュラシック・パークファンドの企画会社には、未だに「お金を返せ」といった電話がかかってくるという。

ファンドの市場を育てるためには、まず、投資家に対して、ファンドのリスクを教える必要がある。だから、ラーメン・ファンドやアイドル・ファンドでは、投資家に１００%リスクをとらせるのではなく、その代わり、儲かっても還元が少ないミドルリスク・ミドルリターンの商品にしているわけだ。

ファンドを育てるためには、ディスクロージャーも大切だ。ラーメンファンドでは、毎日の売り上げ杯数をホームページ上に掲載することによって、ファンドのディスクロージャーをしている。

アイドルの場合は、売れる売れない以前に、丈夫であるとか、スキャンダルを起こさないとか、途中で引退しない責任感をもっているといったことも重要になる。それは、他の人と代替がきくゲームの開発などとは大きく違うという。だから、アイドルファンドでは、ジェット証券のホームページ上に、各アイドルの細かいプロフィールや将来の目標や動画などを掲載したり、テレビ番組の公開収録で実物を見せたりすることが、重要なディスクロージャーになる。

消費者が簡単なファンドになれたら、次は、もっと高度なファンドを出していこうというわけだ。急ぎすぎれば、たちまち社会問題になり、ファンドの芽はつぶされてしまう。

日本も、やっと文化大国へのインフラづくりの第一歩を踏み出した。しかし、長い間、日本では、多くの国民の資産運用は貯蓄が中心で、自己責任になれていなかったので、その歩みはゆっくりしたテンポになりそうだ。文化大国への道は、まだ遠い。