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IR活動ブームの背景と効果

IR活動に熱心な企業が、一種のブームのように増えている。投資家だけでなく、従業員に対しても成果を上げている企業もある反面、表面だけの活動に終わっているところも少なくない。

最近、IR活動に熱心な企業が増えてきた。IRはインベスターリレーションズの略で、企業が、株主や社債保有者などに対して行う広報活動を意味している。上場企業のホームページには、IR情報のページが設けられるようになった。PR誌を「IR情報誌」と呼び替えたり、広報担当者にIR担当者の肩書きを加えた企業も増えてきた。

企業がIR情報の開示に熱心になった大きな理由は、言うまでもなく個人株主の重要性が増したことだ。現在は、企業同士の株式の持ち合いが崩れた。安定株主であった金融機関は、不良債権処理に苦しみ、どんどん保有株を放出している。放出された株を買い占められれば、会社を乗っ取られる可能性もある。投機目的の売買に使われれば、業績に関係なく株価が上下する。乗っ取りや仕手株の噂は、企業の信用を傷つけるだろう。

企業にとって望ましい株主は、その企業のサービスや製品を評価し、また、未来の可能性を期待してくれる人たちだ。これまでは、取引先や金融機関が、その役割を担ってくれたが、もはや企業にその力はない。そこで、企業は、個人に、その役割を期待するようになった。

もちろん、その背景には、個人株主にとって、株を買いやすい条件が整ってきたことがある。金融自由化の進展とともに、株式の取引手数料が大幅に下がり、ネット・トレーディングの発達によって、熱心な営業マンとやりとりしなくても、売買できるようになった。百株単位で株の売買ができる銘柄や、小口で取引できるミニ株も増えている。

もっとも、短期的な利益を目的とした個人株主ばかりを集めても意味がない。どの企業も欲しいのは、長期に亘って株を保有してくれる安定株主だ。本格的な直接金融の時代に備えるためにも、そのような潜在的な個人株主を見つけるための工夫を凝らすようになった。

たとえば、レギュラー・コーヒーのトップメーカーのキーコーヒーでは、最近、株主と一部の上得意に配っているIR情報誌「珈琲ふぁん」に、新たに、「日本全国名店紀行」というコーナーを設けた。最近号では、五十年間にわたってキーコーヒーと取引を続けている喫茶店が紹介されている。キーコーヒーの営業の強さは、ホテル、レストラン、喫茶店などに対して、料理や店の雰囲気に合わせた味、店主のコーヒーの淹れ方に合わせた挽き方を提案していくことにある。同じブレンドでも、ペーパーフィルターのハンドドリップ、ネルのハンドドリップ、あるいは機会を使うかによって挽き方は変わる。さらに、現在は、多様なマシンがあるので、どのマシンを使用するかによっても挽き方が変わる。挽き方だけでも十段階に分かれているそうだ。それに、コーヒーの種類、ブレンドの方法などが加わる。結果としてコーヒーの種類は、千種類以上に膨れあがったという。

地方の小さな喫茶店に対しても、このような手間のかかる営業をやってきたことが、同社をトップの座に押し上げた。この点を効率が悪いと否定的に考える人と、肯定的に考える人と評価は分かれる。同社はキーコーヒーブランドのファンに、株主になってもらいたいと考えているから、わざわざ、効率が悪そうな店を紹介しているわけだ。効率よりも「こだわり」を評価する株主は、このような同社の姿勢を一層評価して、株を持ち続けるだろう。また、紹介された店まで足を運ぶかも知れない。冊子を見た得意客の中には、株主になって同社を応援しようという人も出てくるだろう。会社の姿勢を鮮明に出すことは、ある意味、株主の選別にもつながる。

アミューズメント会社ナムコでは、数年前から株主総会をがらりと変えた。まず、個人株主が総会に出席しやすいように、開催日を土曜日に変更した。土曜日は、家族サービスの日でもあるから、家族も楽しめる懇親会場も用意した。

懇親会場では、子会社であるカジュアル・レストランのイタリアントマトのケーキが無料で食べられたり、ゲームの新製品で遊べる。そこかしこでは、テーマパークで活躍している着ぐるみが踊ったり、記念撮影に応じたりしている。株主総会が始まったら、株主はちょっと抜け、終わったら、また家族と楽しむという仕組みだ。

株主総会のスタイルを変えたら、百人前後の参加者が、三百人、六百人と年を追うごとに増えていった。創業以来、初めての赤字決算になった一昨年は、千人もの参加者を集めたという。

さらに、総会で、株主から質問をさせるために、さまざまな工夫も凝らしている。株主総会の大きな目的は、客と対話することだと考えているからだ。初年度は、いくら「質問はありませんか」と議長が促しても、一人も質問者はいなかった。そこで、懇親会場に役員が参加したり、また、各役員の上に「ゲーム担当役員」「テーマパーク担当役員」「社長」などという分かりやすいアドバルーンをあげたこともある。

ある時、社員株主に、会場で質問させると、それが引き金となって、他の株主も質問するようになった。翌年からは何をしなくても、質問がどんどん出るようになったそうだ。前年の総会を見ていたリピーター、言い換えれば、何年も株を持ち続けていた人が沢山いたことになる。最近は、帰りがけに、社長にサインをもらったり、一緒に写真を撮ったりする人も増えている。

意外なことに、新しい株主総会は、社員のモチベーションアップにもつながったという。以前は、株主総会の準備や運営は、総務の仕事であり、当番に回された社員はいやいや手伝っていた。ところが懇親会を開催すれば、そこは、自分のセクションのPRの場にもなる。ゲームと福祉機器といった違うセクション同士の人間が一緒に仕事をするので、社内のコミュニケーションも活発になった。事務や開発など、普段、消費者に接しない人たちは、懇親会で株主やユーザーを接客することがモチベーションになるそうだ。

当日、休みの社員株主が、自主的に株主総会に出てくるようになった。社長や役員が、分かりやすく経営方針などを話すので面白いし、その気になれば、普段疑問に思っていることを、経営幹部に質問できる。

大企業で働く社員の多くは、細かくセクションが分かれているので、実は、会社全体のことをよく知らない。まして、外部の客に分かるはずがない。社員が会社を知り、失われつつある愛社精神を高めることが、企業の製品やサービスの質を高める。それが株価を決め、また安定株主を作る一番の早道だ。

ところで、雪印でも、日本ハムでも、立派なIR活動を行っていたにも拘わらず不祥事が生じた。社員が、会社の理念やブランドや製品のコンセプトを理解し、共鳴していれば不祥事など起こすはずがない。社員の興味を引かないIR活動で、安定株主を引きつけるのは無理だ。このような表面的なIR活動に終始している企業は少なくない。

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