静岡新聞論壇

10月17日

マルクスの亡霊が徘徊する

頻発する世界的経済危機

世界は荒れている。3年前のリーマンショックに始まり、それはヨーロッパの金融危機に伝播した。アメリカやヨーロッパの政府は銀行救済に奔走し、大量の財政資金を投入したため、今度は財政危機に襲われた。

ユーロ圏では余りに大量な国債を発行したため、国債の元利金を支払えない國が現れた。ギリシャの国債価格が暴落し、ついで、ポルトガル、スペイン、イタリアへと広がり、それらの国債を大量に保有している銀行が危なくなった。

財政破綻国は緊縮政策を実施し、銀行は倒産を恐れて、貸し渋り、貸し剥がしに走っているので、欧米経済の見通しは悲観的になり、企業は雇用を増やそうとしない。 悪いことに、世界の企業はIT技術によって生産性が向上し、中間管理者や事務員が減った。その結果、巨大な失業者プールが生まれ、若者の失業が増え、また中産階級の所得が減っていた。企業は人件費コストのカットによって収益をあげ、経営者層は高所得を得ているので、所得格差は世界的なスケールで拡大している。

世界で勤労者や若者の反抗が始まった。ギリシャでは大規模なストライキとデモが続き、学校、鉄道等が止まっている。イギリスの大都市では暴動が発生し、移民と白人が一体になって、商店に対して放火や強奪をおこなった。フランスでは移民労働者が騒いでいる。

アメリカのウォール街では数千人の集会とデモが毎日続き、ワシントン、シカゴ、ロサンゼルスへと拡がっている。それは、1929年の大不況の時に、アメリカやヨーロッパに拡がったデモ・騒乱を思い出させる。 最近、大きな書店でマルクス経済学関係の本が並べられている。それは日本だけではなく、アメリカではビジネスウイークのような一般経済雑誌でマルクス学説を取り上げている。150年前のマルクスの予測が、現在、2つの点で当たっているという。

その1つは貧富の差の耐え難い拡大である。貧民が増大するので、個人消費が伸びず、景気の低迷が続き、失業が増え、貧民が一層貧しくなるという悪循環を予測した。

もう1つは、実物経済が金融資本に振り回され、絶えず不安定な状態になることだ。実際、現在の世界経済がそうだ。

世界的な金融危機・経済危機は、80年代の南米、90年代におけるメキシコ(94~95年)、アジア(97年)、日本(98年)、ロシア(98年)、2000年代のアメリカ・ITバブル崩壊(00年)、リーマンショック(08年)、現在の欧米危機とますます頻発し、かつ大規模になっている。マルクス流に云えば、社会革命のチャンスが到来した。

国民の不満が社会変革に

ところで、デモや暴動に加わっている人は、生活の困窮、貧富の格差への怒り、長期間の失業、外人労働者の排斥、人種差別等、多様な不満を政府や世論に訴えたいのだ。

しかし、彼等は、かっての革命家や最近のアルカイダのように強烈なイデオロギーを秘め、統一した要求を貫くために鉄の団結を誓い、死を賭して戦おうとしているわけではなく、また天才的指導者を欠いている。

それは多数の不満分子が集まって抗議している民主的なデモに過ぎないが、ネットの力を軽視できない。抗議デモの参加者がネットを通じて全国から入れ替わり立ち替わり集まり、それが全国の都市に広がり、永続したならば社会変革の力が生まれる。 カイロやチュニスでは連日のデモが政府を倒したが、政治的な受け皿がなかった。しかし、欧米では政治が成熟しているので、老練な政治家が煮えたぎる国民の不満を、国家による強力な社会変革を実現するエネルギーに転換するかもしれない。その時には、ユーロの政治統合やアメリカの充実した福祉政策が実施され、マルクスの予測は裏切られるだろう。

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