静岡新聞論壇

1月6日

アジアとアメリカとの価値観競争

欧米を圧倒する経済成長

約20年前に冷戦が終結した時には、民主主義で市場経済の国家だけが豊かになれると思ったが、実は、それは錯覚だった。 肝心のアメリカは、失業率が約10%という高水準を続け、ついに、輸出の増大を目指してドル安政策に乗りだしたので、世界から批判を浴びている。

中国は一党独裁国家であり、国民の自由は厳しく制限されているが、30年近くも高成長を続けて、世界の工業の中心になり、世界2位の経済大国に成長した。超高速新幹線、高速道路網、大都市の地下鉄網が整備され、見事な近代都市が次々に完成した。才能がある中国人は「チャイナ・ドリーム」を実現し、億万長者になっている。

中国は「一種の世界」であり、言葉も習慣も異なる中規模の国が、同じ文字を使うことによって生まれた連合体だ。その歴史は連合体の分裂・内乱と統一・独裁の繰り返しだった。大ざっぱに言って中規模な國が現在の省になったので、省政府の権限はまるで独立国のように大きい。

省長は任命制であり、経済成長の成果を揚げた省長は、中央政府の大幹部へ昇進できるから、彼等の競争は熾烈である。中国では独裁政治と競争原理を巧みに組み合わせ、市場経済の機能をフルに生かしてきた。
中国の強みは中規模の国家群が文化的に統一されて、巨大国家になっていることであり、それが政治的に強く統一された時には経済太国になれる。共産党の一党独裁によって、中国は、今や200年ぶりに世界の強国に返り咲き、国民の多くは満足している。

インドはカースト制が深く染み込んだ身分社会の國であるが、イギリスの影響を受けて採用した民主主義制度が身分制度とうまく結合し活力を生んだ。全国に存在する多様なカーストはそれぞれ票を纏めて国会議員を選出して固有の利益を守っている。不可選民でも議員になれば、社会の上層に浮上できる。

また才能がある人は誰でも国立工科大学に進学し、ソフトウエア会社に勤め、高賃金を得るチャンスがある。大量な学生がアメリカに留学している。大部分の地域で身分制度が厳然と存在しているにも拘わらず、経済成長の活力が生まれ、コンピューター・ソフトや電気通信関連の産業が見事な成長を続けた。膨大な中産階級が生まれ、モータリゼーションが始まった。

日本は中印から学べ

アメリカ人は、民主主義制度がヨーロッパからアメリカ新大陸へ簡単に移植されたので、それは普遍的制度だと錯覚した。ヨーロッパ人が移民した時、先住民には免疫がなかったので、大部分が伝染病に罹り死亡した。ヨーロッパの移民は無人の土地にキリスト教とヨーロッパの家畜や植物を持ち込み、新大陸をそっくり「ヨーロッパ」に変へた。そのため、アメリカでは、自由な民主主義と市場経済が純粋な形で発達して威力を発揮し、アメリカ経済はヨーロッパを抜き、世界を制覇した。

しかし、中国やインドはアメリカとは違う。数千年間の戦乱と平和の歴史で人々は生きるため家族、大家族、部族が助け合い、自由や人権が制限されるのは当然だと考え、それは中国では孔孟思想として体系づけられた。中国人やインド人はアメリカ的な「放任の自由」より、伝統的に「制限された自由」に従った方が平穏かつ安全に生きられると信じている。

二百数十年の歴史しかないアメリカが、自己の価値観を、数千年の歴史と一〇億を超す人口を持つ2大国に押し付けるのは無理だ。それは素朴な子供が、世慣れた、すれからしの大人を説得しようするようなものだ。

アジアが経済・思想ともに欧米を圧倒する時代になり、アメリカと価値観を共有している日本の身の振り方が難しくなった。中国やインドの哲学や歴史を学ぶ必要がある。

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