静岡新聞論壇

3月10日

アメリカの姿勢と中東動乱

増大する一方の貧富格差

チュニスはヨーロッパ人が好む清潔な観光都市であって、女性の服装はパリと変わらない。チュニジア人は従順・繊細だと言われている。そのチュニジアで反政府デモが荒れ、ベンアリ大統領は國外に逃亡した。
 チュニジアの動乱は、アラブの大国・エジプト、大産油国・リビア、金融・ビジネスセンターの裕福国・バーレンを始めとして、アラブ諸国に拡大した。アラブ諸国では、30歳以下の若年人口が全人口の50~60%を占め、その多くは失業している。

中東諸国では、産油国における産油収入の拡大が与える波及的効果によって、経済が成長して、大型ショッピングセンター、豪華ホテル、官庁、商業ビル、金融機関等がつぎつぎに建設された。

ところが、建物の設計・建設、ITシステムの設計と装置は、何れも、外国企業に発注された。機械装置は輸入品である。現場の工事はパキスタン、インド、エジプト等からの賃金が低い出稼ぎ労働者の仕事だ。現地の國の若者を必要とする仕事が少ないのである。また、ショッピングセンターやホテルでも、最新のIT技術が導入されたので、あまり人手を必要としない。

つまり、中東経済は、石油や観光が中心であって製造業が弱いので、若年人口を吸収するだけの雇用を生み出す力がない。最近、EU不況のため観光客が減った上に、食料品やエネルギー価格が暴騰して、国民の生活が苦しくなってきた。経済成長の果実は、産油業や観光業を牛耳る独裁者一家に集中し、貧富の格差は、増大する一方だった。不満が蓄積された。

ところで、欧米諸国は昔から中東で2枚舌外交を繰り返した。アメリカは1950年代には、イラクの親ソ政権を潰すためにイランへ武器を送った。ホメイニ革命後イランが反米に転ずると、今度はイラクを軍事支援した。ところが、ニューヨークの同時多発テロ後には、アメリカ軍は、そのイラクに侵攻した。

介入に怯えず反独裁デモ

中東諸国は、こうした経験から、どんな悪質な独裁政権でも、反アルカイダである限り、アメリカが支持し、安泰であることを知った。 ところがアメリカ経済はリーマンショック以来弱体化し、巨額な財政赤字が積み上がった。そこで、政府は財政支出の削減に努め、国防費を圧縮している。折から、東アジアで中国軍が強力になり、その対策を迫られている。もはやアメリカには中東に係わる余裕がない。今年中にイラクから撤兵する予定だ。

中東の運動家はこの情勢の変化を察知してネットを通じて、反独裁デモを扇動した。アメリカ政府は、チュニジアやエジプトでは、それまで親密だった独裁政権の崩壊を傍観しただけではなく、独裁政権との信義を裏切り、デモを支持した。カダフィー大佐は、同時多発テロの時、親米に転じた恩人であるが、彼も切り捨てた。

アラブ人はアメリカの介入に怯えず、安心して反独裁のデモを広げることができた。今後、チュニジアやエジプト等の成熟した国では、軍部か、或いはイスラム組織がリードして、民意を重んずる柔らかな独裁政権が生まれるだろう。

つぎに、宗派対立があるバーレンやイェーメン、部族国家のリビアでは国内対立が激化して、内乱や内戦に発展する恐れがあるが、アメリカは軍事介入を渋るだろう。

最後に、大産油国のサウジアラビアは、若年層を救済する資金は充分にある。アメリカは、サウジアラビアが大きな混乱すれば、石油価格が暴騰して、アメリカ経済は危機に落ち込むから、この國の独裁政権を全力で支え続けるだろう。しかし、そうした時、サウジアラビアでは第2、第3のオサマビンラディンが生まれ、反キリスト・反米のテロを頻発させるだろう。日本にとって無関心ではいられない事態である。

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