静岡新聞論壇

7月7日

世界はシリアの独裁政権を支持

米・EU諸国は静観

アフリカでは、アメリカ的民主化の移植に失敗した例が多い。選挙に敗れた現職大統領が不正選挙だと主張して居座り、新大統領と旧大統領の私兵が戦いを始め、略奪が拡がり、国際機関が仲裁に入るのである。最近では、ケニア、コートジュボアール、ナイジェリアでそういう事件が起きた。

アラブでは「民主化の春」が来たと言われた。しかし、その先頭を切ったチェニジアとエジプトでは失業者が増え続け、新政府を批判するデモが拡大して、「春」が遠のいた。軍事政権かイスラム政権が生まれるかもしれない。

独裁国のリビアでは、フランスやイギリスが反政府運動を待っていたかのように、軍事介入した。リビアの豊富なエネルギー資源が目的だ。それを危険な独裁者カダフィーから取り上げ、ヨーロッパ系石油資本の傘下に収めたいのだ。リビアの「春」は悲惨な内戦に変わった。

シリアでは、アサド独裁政権が反政府運動を弾圧し、運動家や市民を殺害した。言論統制が厳しく、また外国人ジャーナリズムの入国が拒否されているので、正確な事態は判らないが、死者は1000人を越えたと言われている。アメリカやEU諸国は、反政府運動を援助しようとせず、静観を決め込んでいる。本心はアサド政権を支持しているのだ。

シリアは大国であって、1次大戦前まで、シリア圏はヨルダン、レバノン、パレスチナを含めた地域であり、多くのシリア人はシリア圏を母国と考え、実際、シリアはシリア圏の政治的・宗教的リーダーである。

シリアは、かっては、東西交通の要衝にあり、また十字軍の通路だったので、シリア人には、ヨーロッパ人の血が混ざっている。1980年代には、ベールートは中東のパリと言われ、彫りが深く、肌が白く、目が大きいシリア美人が目立ったものだ。ここから、ペールベックの巨大遺跡を通ってベッカー高原を数時間ドライブすれば、8世紀に建設された豪華なウマイヤ・モスクのあるダマスカスに着く。

シリアは古くから、キリスト教徒が多く、ウマイヤ・モスクはキリスト教会だった。またイスラム教でも、スンニ派、ドゥルーズ派、シーア派、アラウィー派などいろいろな宗派が共存している。現在は、人口のわずか十数%を占めるアラウィー派が政権を握り、統一国家を保つため、国民の自由を奪っている。実は国際社会にとって、この状態が望ましいのだ。

中東の平和の鍵握る

隣の大国・トルコは、1920年代に政教分離政策を実施して、近代化に成功し、現在、工業国として高成長を続け、シリアに対して、独裁的な政権が国家統一を保ちつつ、政教分離政策を強め、トルコ式の工業化を期待している。

シーア派の大国・イランにとっては、シーア派の分派であるアラウィー派がシリアを支配している。それが中東におけるイランの孤立化を防いでいる。シリアの現状を変えたくない。  

シリアは反イスラエルの急先鋒に見えるが、過去40年間、イスラエルと直接に戦火を交えたことがない。多宗教・多民族の不安定な國にとっては、戦争は内戦に縺れ込むから絶対に避け、紛争は小型な撃ち合いに止めるべきだ。アサド政権はそう考えてきた。

もしシリアで反政府運動が盛り上がり、アサド政権が倒れ、急進的なスンニ派の政権が生まれたならば、イスラエルやイランとの関係が一挙に悪化し、トルコも敵に廻り、中東は戦乱状態に落ち込む可能性が大きい。中東の平和にはアサド政権が必要だ。  世界には、民主化すべきでない國が多いが、国際社会は、そんなことを公言できない。

ページのトップへ