静岡新聞論壇

2005年 

日本経済支える熟練社員

「摺り合わせ」に優れた技

消費財が行き渡ると、消費のポイントは、価格や性能だけではなく、文化的香り、環境に対する優しさ、心地よさ、可愛さといった要素が重要になり、私たちはそれによって個性的な生活を演出したいと思うのである。日本だけではなく、アジア諸国でも、高所得層はそういう消費財を好んでいる。

日本では、消費者の要求が厳しいので、新しいタイプの消費財産業が発達し易い。自動車では、韓国企業が低価格車で強く、アメリカ企業は豪華な大型車が得意であり、日本車は乗り心地の良さが売り物だ。テレビでは、日本製の薄型の大画面(プラズマや液晶)が映画のような美しい画像を映し出し、また新型の複写機やプリンターは、巨大な印刷工場で製作したような見事な画面を造り、精巧な偽札つくりに利用されるほどだ。

こうした製品を開発するには、熟練社員の技能が必要だ。例えば、日本車の乗り心地が良さは、エンジン、ボディー、サスペンション、スプリング、シート、タイヤ等の部品が微妙な調和を保って作動している結果生まれたものだ。トヨタを始めとする組立メーカーでは、これら部品間の調和を考えながら設計し、試作の段階では、多様な系列メーカーと、部品や材料の性能について「摺り合わせ」を重ね、その都度、設計や部品・材料の改良に反映される仕組みになっている。頻繁なモデルチェンジに応ずるには、「摺り合わせ」優れた技が必要だ。

薄型テレビでは、像処理技術とパネルの性能とを巧く「摺り合わせ」、複写機やプリンターでは、電子・光学デバイスから機能性材料まで様々な部品について、数十分の1ミリ単位の微妙な調整を伴う「摺り合わせ」によって、新商品が開発される。

ところで、90年代には、多くの企業でIT化の進展とともに、機械・設備が自動化され、設計はデジタル化された。また日本経済が長期低迷に落ち込んだので、新規採用者が大幅に減らされた。その結果、現在、熟練社員が老齢化し、彼等の定年退職者が増えている。しかし、熟練社員は長期間かけて育成されるのであって、急には増やせない。

また、ルーティンな生産活動でも、依然として熟練社員の厚い層が必要であることが判った。例えば、自動車工業では、目覚ましい勢いで海外工場が増加したので、腕利きの熟練社員は続々と海外に赴任してしまった。海外工場では、人材が不足しているので、機動的に生産能力を増やせない。需要が拡大すると製品不足が発生するから、国内工場がその穴埋めを埋めなければならないが、急速に生産を拡大する時には、熟練社員が必要だ。

フリーター教育が重要課題

企業は賃金コストを引き下げるために、期間従業員や外人労働者を増やした。外国人が従業員の30%も占めている自動車の工場もある。熟練社員は、生産ラインで彼等を指導し、彼等が欠勤の場合に、作業のやり繰り付ける。熟練社員が不足すると、品質の低下や大事故の発生という深刻な問題が生まれる。また、複写機や電子楽器など、需要の変化が激しい高額なIT製品では流れ作業ではなく、熟練社員が1人で組み立てるセル方式が増えてきた。それは、需要の変動に応じて生産量を機動的に変えるためだ。そうすれば、過剰在庫を避けることができる。

90年代に企業が新規採用を減らした結果、高校や大学を卒業後、フリーター生活を続けている人が増え、その数は400万人を超えている。熟練社員不足と膨大なフリターが併存するという奇妙な状態になっている。

民間企業の努力によって、日本の製造業は力強さを取り戻した。その過程で生まれたフリーターに技術教育を与えるのは政府の仕事である。それは高速道路や新幹線を増やすより遙かに重要な課題だ。

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