静岡新聞論壇

2005年 

景気と社会資本

企業、銀行の体質健全化

政府と日銀は、今月初めに内需の底堅さに注目し、景気が踊り場を脱出したという判断を発表した。確かに、企業は高収益を上げており、設備投資を拡大し、雇用を増加する力を備えてきた。失業率は低下し、銀行の不良資産が減り、東京の地価は上昇し始めるといった良い指標が現れている。今後、団塊の世代が続々と退職するので、高賃金の従業員が減り、賃金コストが下がるから、国内の工場建設が増え、経済の底力が強まりそうだ。

こうした傾向は、企業がバブル経済崩壊後、不採算部門を切り捨て、人員を整理し、契約社員に代える等血の滲むようなコスト削減の努力を続けた結果だった。また銀行は、人員整理、賃金カット、合併等の荒治療をし、経営不振の取引先企業と縁を切って不良資産を減らしたので、やっと中小企業融資を増加できる健全な体質に戻った。

これに対して、公的部門には改善の兆しが見えない。国の財政状態は八方塞がりであり、財政支出は80兆円を超しているが、税収は45兆円しかない。差額は国債発行で埋められており、国債残高は増え続けている。

また医療・介護・年金の支出は団塊の世代の大人数が老齢化していくので、20年後には、現在より70%以上も増加しそうだ。さらに70年代から80年代にかけて、大規模に建設された道路を始めとする社会資本は、今後、次第に老朽化するので、修理や建て替えの費用が嵩み、新しい社会資本を建設できなくなるという問題がある。

このような状態が続くと、将来、生活環境が向上しないのに、税金と社会保険料の負担だけが重くなりそうだ。考えれば、それは当然なことであって、病気がちな老人の数が増加するのに対して、働ける人の数が減るのである。また、分不相応に贅沢な社会資本を全国到るところにつくり、それらが旧くなった上に、利用する人口が減るのだ。

しかるに、公的部門では、公務員は数が減らず、賃金・年金は民間より恵まれている。また、中央官庁の官僚が重要な政策や予算案を作成し、利害関係を持つ政治家が協力して仕上げるという仕事の進め方はほとんど変わっていない。良心的な官僚でも、政策や予算を決める時、既得権限を守るという組織の意志に動かされるものだ。また立派な政治家でも支持団体の利益に沿った行動を取りがちだ。

国の財政状態は改善せず

平たくいえば、官僚はできるだけ多くの財政資金を配分する権限をもち威張りたい。政治家は、選挙に備えて、支持団体に財政資金をばらまきたい。選挙民は税金を払いたくない。こうした我が儘な要求は、郵貯・簡保の資金を特殊法人や特別会計に流すことによって、充分満たされてきた。例えば、道路公団は、郵貯・簡保の資金を借り入れて不必要に立派な道路や橋をつくり、また談合を纏めることによって、企業を儲けさせて、天下りという権限を守っている。

道路公団は、郵貯・簡保資金を約40兆円の資金を借りているが、返す当てがない。それは将来税金で支払われ、国民の負担になるだろう。つまり、国民のお金が密かに無駄遣いされており、実際の国の財政状態は予算書で見るより、遙かにひどい状態になっている。国民は、政治家と官僚が日本を駄目にしているということをうすうす知っており、不満のガスが国中に充満している。

そうした時、小泉さんが「行政改革」と叫びながら、白馬の騎士のように登場した。現在、郵政民営化によって、特殊法人等に対する資金の入り口を絞れば、行政改革が進むというやや強引な主張を展開して、義理・人情を重んずる反対グループに冷酷な選挙戦を挑んでいる。それが爽快な感じを与え、「変人・小泉」の人気が高まっている。

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