静岡新聞論壇

2005年 

人民元切り上げの背景

米・中・日の微妙なバランス

現在の米・中・日の経済は「微妙なバランス」の上に成り立っている。アメリカ人は、借金をして住宅や耐久消費財を買い続けたので、ついに世帯当たりの借入額は、年間の所得を越してしまった。ところが、住宅の時価が上昇し、資産価値が借入額を遙かに上回ったから、彼等は少しも不安を感じていない。

彼等は、資産価値が増加した自宅を担保として、さらに住宅ローンや消費者ローンを借り、別荘・賃貸住宅・耐久消費財を買ったのだ。こうした要因によって国内需要が拡大した。その結果中国製品の輸入が増加する一方であり、アメリカの貿易収支は未曾有の大赤字に落ち込んだ。

中国には、日本を始めとする外国の企業が進出し、低賃金労働力を使って、安い製品をつくり世界に輸出したので、中国経済はそれをバネとして高度成長を続けた。中国の対米貿易黒字は拡大の一途を辿り、中国製品はアメリカの繊維、家電、雑貨の産業に壊滅的打撃を与えている。

ところで、アメリカは、貿易収支の赤字を通じて、膨大な額のドルを海外に散布しており、そのままにしておくと、ドルが世界に溢れて、ドル安(円高)になる。また闇市場ではドル安・人民元高の取引が拡大し、やがて、人民元はオープン市場で大幅な切り上げに追い込まれるに違いない。

しかし、中国や日本の政府は、貿易を通して獲得したドルで、アメリカの国債を購入しているので、海外に散布されたドルがアメリカに回収され、ドル安にならない。また、膨大なドル資金の環流によって、金利水準が低くなり、住宅ブームが起り、消費が刺激され、景気は過熱気味になっている。

簡単に言えば、アメリカの輸入拡大とドル資金の環流が巧く結合して、アメリカ経済が活況になり、中国経済が高成長を遂げ、日本経済は両国への輸出の増加に支えられて回復した。このような「出来過ぎた関係」は、アメリカと中国の経済がバブル経済に落ち込み、その反動として大不況が発生しない限り、しばらくの間は、何とか維持できそうだ。

しかし、残念ながら、アメリカ、中国とも住宅バブルの状態にあり、ニューヨークや上海では、サラリーマンの平均所得の40倍もする住宅が即日完売になるそうだ。明らかに投機的な買い手が多い。景気の抑制が必要だ。アメリカでは、昨年6月から、短期金利が頻繁に引き上げられた。

フロート制の実現には時間

中国政府は、昨年、設備過剰の産業に対する投資や融資の規制、不動産向けの融資の規制や金利引き上げなど景気過熱の抑制に乗り出している。最近では、家電、衣服、自動車、パソコン、携帯電話、鉄鋼等では値下げが広がっている。その結果、中国で輸出プレッシャーが強まり、もし対米輸出が急増すれば、アメリカ経済が不振に落ち込み、微妙なバランスが失われる可能性がある。その時には、中国批判が国際的に広がるだろう。

それを防ぐために、中国政府は人民元レートの変動を認め、さし当たって、対ドル・レートの2.1%の切り上げを決めた。競争力が弱い国有企業を抱えているので、切り上げレートは僅かだったが、市場では、今後も切り上げが続き、将来、為替レートをフロート制に移行するだろうと予想する人が少なくなかった。

言うまでもなく、フロート制に変わるには、金利メカニズムが働くように、銀行を民営化し、規制を撤廃するという難事業が待っており、直ぐには実現しない。「微妙なバランス」を維持するには、当分の間、為替市場に対する中国人民銀行の巧みな介入技術と、アメリカの金利引き上げのテンポが重要である。幸いにも、現状では、日本の役割は少ない。

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