静岡新聞論壇

2005年 

尼崎事故 運転現場の弱さ

「異常」に迅速な対応不可欠

昔の話になるが、1950年代の終わりから70年頃にかけて、春闘やベトナム反戦運動をリードしたのは国鉄労組であった。当然のことながら、労使は厳しく対決しストが頻発したが、不思議なことに、ストが収まると、正確な定刻発車が守られた。それは優れた人材が、日本の輸送の根幹を担っているという誇りを持って、現場で働いていたからだといれた。事実、国鉄機関士のなかから、岩井章・総評事務局長を始めとして、そうそうたる政治家や思想家が出た。

どんな分野でも、優れた製品やサービスを市場に送り続け、大きな事故や不良品を発生させない企業では、工場現場に見事な組織が存在し、従業員は仕事の目的をはっきり自覚して働いているものだ。

工場現場で重要なのは、「異常」に気がつく能力である。例えば、自動車の組立工場では、仕事が細かい「標準作業」に分けられ、生産が淀みなく進んでいる。優れた自動車メーカーでは、担当者が身体で「標準作業」を覚え、目をつむっていても間違いなく正確に作業している。また、ラインに流れてくる半製品が不良であったならば、それが直感的に判り、自分が使う機械装置の音や調子に、ごく僅かでも「異常」であれば、すぐそれに気づく。その時直ちにラインをとめるといった機敏な対応ができれば、1人前の職員として評価され、賃金に反映される。

工場では、突然休暇を取るパートが少なくない。管理者は、こうした「異常」を乗り切るために、何人かの職員の標準作業を増やして、休んだ人の仕事をカバーさせる。その管理者は非常に長い期間現場で働き、仕事を熟知しており、誰からもその技能が一目置かれている。その上勤務評定権を握っているので、職員を説得して余分な仕事を引き受けさせることが出来る。つまり、超ベテラン管理者が芯になり、経験年数に長短がある職員がピラミッド状になって支え、未熟練職員とパートが周辺で働いているのである。

JR西をみると、民営化前後にリストラのため新規採用を圧縮したため、現在四〇歳以上の人が全従業員の七〇%を超え、中堅社員というべき三〇才代が一〇%以下という人員構成であり、ベテランが多すぎるため、管理者が強いリーダー力を発揮しにくい。ベテラン運転士には、運転中の振動や惰性等について、路線の場所、時刻、車両の種類等に応じて微妙にどう違うかといった情報が蓄積されているはずだ。残念ながら中間層が薄い。そのため、経験の浅い職員が、その蓄積された情報を充分消化しないうちに、1人前の運転士として働かざるを得ない。

仕事への誇り、責任感生む

JR西の輸送業務の中心は、山陽新幹線と京阪神の通勤・通学網である。新幹線は航空と激しく競争している。京阪神地域の大都市周辺では、若年人口の減少や関西経済圏の地盤低下によって、通勤通学客が減っており、私鉄との競争が激しくなる一方だ。福知山線の尼崎周辺における競争相手は、楽にスピードを出せる広軌の阪急電鉄であり、それに負けないためには無理なスピードアップが必要だった。

JR西は運転士の技能を信じ、新式のATSを使わず、また脱線防止用レールの敷設も最低基準だった。悪いことに、JR西は、ホテル、駅ビルの賃貸業、駅構内の小売り業等、鉄道業とシナジー効果を狙った総合的な都市産業を目指しており、将来の成長を通勤通学輸送に委ねられないと考えている。運転士は企業の本流から外れるつつあることを感じているに違いない。

トヨタは世界一の企業だけあって、工場現場からQC運動の理論家やコンサルタントが輩出している。JR西の運転現場にも、仕事に誇りを感じさせる環境が欲しかった。そこから仕事に対する強い責任感がうまれるはずだ。

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