静岡新聞論壇

2004年 

独立のために戦うチェチェン人

ロシアで差別的扱い受ける

モスクワの地下鉄がテロによって爆破され、39人が死亡した。チェチェン人によるテロだと言われている。世界には正当な理由なしに追いつめられ、将来の希望を失い、テロに最後の生き甲斐を見出している不幸な人達が少なくない。

チェチェン人の歴史は、ロシアとの戦いの歴史だった。帝政ロシアは18世紀の中頃にコーカサスを制覇した。その時からチェチェン人の抵抗が始まった。独立を目指して19世紀前半に30年間も戦い、その後何回も武装蜂起し、何れも制圧された。2次大戦中にはドイツ軍に協力的だという理由で酷寒のシベリアと砂漠のカザフに集団移住させられ、人口の30%以上が死んだ。

ソ連が崩壊した後も、チェチェン・イングーシ共和国はロシア連邦内の自治国に過ぎないので、チェチェン人は完全独立を求めて、2回もロシア軍と戦った。大統領が戦死し、首都のグロズヌイはほぼ完全に破壊された。テロリストを匿ったので、全員殺された集落もあった。

チェチェン人はロシアで差別的な扱いを受けてきた。凶悪な強盗や殺人事件はチェチェン・マフィアの仕業にされる。チェチェン人は、人口が100万人以下であり、国の広さは岩手県ぐらいしかないが、イスラムの戒律を通して民族のアイデンティティーを守り、若い男女が無差別テロに加わり、独立のためロシアと戦っている。

ところで、コーカサスでは、キリスト教、ギリシャ正教、イスラムシーア派、スンニ派の国と民族が複雑に絡み合っている。もしチェチェン・イングーシが独立すると、多様な民族が新たにそれぞれ独立を主張して、反目し、複雑な内戦が発生する可能性がある。新しい国家の中で、チェチェン人と少数民族のイングーシ人が対立するかもしれない。ロシアはそうした混乱と内戦を恐れている。

イスラム教徒は中国の新彊ウイグルからトルコにまで広がり、コーカサスはイランとトルコに接している。

もし、コーカサスで内戦が発生したならば、イスラム勢力が介入して100年戦争になりかねない。

コーカサスは黒海とカピス海に挟まれている。黒海の北側にあるクリミヤ半島では、タタール人が数百年にわたってロシアから弾圧され、2次大戦中にはシベリアに集団移住させられた。チェチェン人が独立に成功すれば、彼等も独立を求めて、テロ攻撃を開始する可能性がある。

中央アジアの学問的研究を

その上、コーカサスとカピス海にはサウジアラビアに匹敵する大油田地帯がある。ここで戦争が発生すると、アメリカが利権を求めて、介入するに違いない。こうした事情があるから、ロシアはチェチェン人の独立戦争を根絶しようとして全力で戦った。

パレスチナ、アフガニスタン、イラクには追いつめられ、希望を失い、テロ攻撃を繰り返している集団がいる。テロ組織には、自爆テロ実行者の家族の生活を保障する制度がある。また、テロ攻撃のノウハウが蓄積され、攻撃はハイテク化した。テロ組織は大きな武力を持つようになった。ロシアとアメリカは中央アジアや中東から、引くに引けない状況にある。中国でも新彊ウイグルで貧富の格差がさらに拡大して、テロが頻発するかもしれない。テロの時代が長く続きそうだ。

日本ではイラクへの自衛隊出動決定とともに、この危険な地域に関わりを持ち、すでに、2人の外務省職員がテロの犠牲になった。これから中東・中央アジアの歴史・風土・経済について厚みのある研究が望まれる。その成果は当然外交や自衛隊に利用されるべきだろう。テロの抑止には効果的な経済協力が必要であるが、そのためにも、学問的な研究が必要だ。

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