静岡新聞論壇

2004年 

中国経済の強さ「温州モデル」

わずか20年 急成長の背景

中国経済の強さを示す端的な例として、「温州モデル」があげられる。温州市は浙江省南部にあり、3方が山に囲まれた人口200万人の海岸の中都市であり、僅かな期間に、独力で、靴、ライター、眼鏡、釦の世界的な大産地になった。アパレル産業も伸びている。

今から20年前の温州市は実に貧しかった。政府は台湾に近い僻地の海岸都市にはインフラ投資を行わなかった。農地が極端に不足していたので、多くの住民は、行商人や綿の打ち直し職人等になって全国を回り、その過程で、各地の消費需要や産地の状況を的確に捉え、温州人の間で情報を交換した。

彼等は、釦、トイレットペーパー、ゴザ、革靴、ライター等の商品を産地で買い、それを全国で売りさばいて生計を立てた。1980年代始めの中国は統制経済下にあったので、必需品について需給ギャップが発生しても、それを埋めるという経済的機能が欠けていた。温州の行商人がそのギャップを捉えた。

彼等は、特定商品の産地を廻るうちに、その生産技術を覚え、僅かな貯蓄と親類・友人から借りた資金で温州で家内工業を起こした。行商人は、それを担いで全国のの主要都市の温州産品直売所で売った。80年代始めの中国は貧しく、かつ物不足だったから、兎に角安ければよく売れた。

90年代に入る頃には、温州はまず中国最大の釦の産地になり、特産物は釦から、さらにライター、革靴、眼鏡へと広がった。しかし90年代になると品質が重要になってきた。幸いにも、温州人は内外各地に150万人も住んでいるので、企業はその情報ルートを辿って、優れた専門的な技術者をリクルートして、品質を高めた。

温州の工場では、高給取りの非温州人が技術を開発し、国内の僻地から集められた低廉な若年労働力が低賃金で働き、生産された製品は国内各地や海外に張り巡らされた温州人のネットワークを通じて販売された。

温州市政府は農民や市民から土地使用権を買い入れ、それを不動産会社に高く売却して、差益をインフラの整備に投入した。不動産会社が住宅の販売によって膨大な収益を挙げると、寄付を強要してインフラ整備に当てた。それとともに多数の企業が起こり、現在、20を超える業種で4万以上の企業(大部分は細かい部品メーカー)が合計400億元の生産額を上げている。

県内企業と共栄の可能性

元レートは割安であるから、購買力平価で考えると、実質1兆円ぐらいの生産額であり、それは県下最大の工業都市浜松の半分ぐらいにあたる。製品の過半を輸出している企業があり、それらは今後ブランド力を高めるとともに、IT製品にシフトするという。ライター・メーカーにはデジカメの生産を始めた企業がある。

中国の最大の問題は電力不足である。浙江省では特に著しく、工場は1週間で三日間、また毎日6時から10時まで、電気を止められているので、工場では、自家発電を使っているが、次第に自家発電用のエンジンや軽油が不足してきた。温州企業は巧みに自家発用のエンジンを手に入れている。

政府主導の大型工業団地内に立地して、優秀な博士を集めた企業より、独力でインフラを整備し、小学校卒の起業家が多い温州の方が高収益企業が多い。「温州モデル」をみると、中国では典型的な資本家が草の根のように広がりつつあることが想像できる。日本の多くの企業が、将来、中国に高級品の大市場が出現すると確信して工場進出しているのは、「温州モデル」のような例が各地にみられ、企業家や専門技術者の所得が目覚ましく伸びているからだ。県内では、遠州を中心としてハイテク企業が成長し、中国に高級製品の素材や部品を供給している。共栄の可能性がぐっと広がった。

 

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