静岡新聞論壇

2004年 

ボランティア戦争

一部”民営化”された米軍

現在の戦争は、正規軍の戦ではない。アメリカ軍がイラクで戦っている相手は、国家の統制下にない「民間のNPO軍隊」つまり民兵である。アルカイダは、国際的なNPO軍隊であって、サウジアラビア、クエイト、パキスタンなど出身のボランティアが、アフガン南部やパキスタン北部に集まり、そこで訓練されて、世界各地で自爆テロを決行している。アメリカ軍は、最新鋭のハイテク兵器で戦っているが、イラクでは、NPO軍隊に勝てない。

アメリカの軍隊も、多数の民間人を雇用している。民間の人材派遣会社から、特殊部隊の一員として活躍できる人材を受け入れて、武器の輸送、情報活動、捕虜の監視等に使っている。これらの作業は 特別な時に発生するから、パートの労働力に依存して、軍事費を節約したい。

人材派遣会社が、こうした作業をこなせる訓練された元軍人を派遣している。高い賃金が得られるので、こうした傭兵の希望者は多い。彼等が死亡しても、戦死者の数に入らないから、世論対策としても優れている。一説では、イラクにおけるアメリカ軍の15%がこうした傭兵だという。その中には外国人もいる。軍の一部が民営化されたといえる。

イラクの戦争報道で活躍しているのは、大新聞社やテレビ会社の社員ではない。彼等はイラクの危険地域から引き上げた。危険地域に出掛け、民衆の苦しみや、米軍の残虐振りを伝えているのは、個人のライターだ。今でも、現地で頑張っている人がいる。

今年の4月にイラクで人質になった3人は、情熱に動かされたアマのボランティアだった。家族が狼狽え非難を浴びた。続いて、少し慣れたボランティアが2人拘束され、その内の1人は準備不足を反省した。

橋田さんは、優秀なプロの戦場カメラマンだった。各地の戦場に単独で赴き、戦争の悲惨さを写し、かつ書きつづけたが、遂にイラクで射殺された。奥さんは「彼の本望でしょう」と述べ、橋田さんの意志を継いで、イラクからモハマド君を呼び寄せ、沼津で目の手術に成功した。見事な人道援助をやり遂げた。

日本は素晴らしい国になったものだ。個人が、戦争の真実を確かめるために危険な現場に出掛け、また、不幸な子供を救う活動をしている。日本政府は、外務省や自衛隊を使って、大規模な人道支援に努めているが、個人の活動がそれに劣らぬ成果が挙げている。

民間人の役割が重要な時代

将来、優れた個人の力によって、イラクの有力部族の族長達と、相互に信頼しあった太い人的ネットワークが築かれる可能性がある。現地の人達に溶け込んだボランティアこそ、日本の外交を下支えする専門家といえる。

大使館は日本の代表であって、権威を保たなければならない。そのため、現地の人達と距離が生まれ、太い人脈を築けない。かって、ソ連、韓国、中国について、国交回復する時、長い期間をかけて、相手国政府に太いパイプを築いた大物民間人が裏で活躍した。北朝鮮との交渉についても、もし北朝鮮政府に信頼された大物民間人がいたならば、もっとスムースな展開になったかもしれない。

戦争でも外交でも、民間人の役割が重要な時代になった。現在では、国と国との関係は、政府の力よりも、民間人の活躍の積み重ねによって深まるのである。静岡県は工業県であるから、海外の工場で一〇年近く働き、現地に太い人的ネットを築いた人が数百名はいるはずだ。また、現地の政府や自治体と一体になって、働いた人も多いだろう。

そういう人達が蓄積した生きた海外情報や人的ネットが総合的に活用されたならば、海外との学問的、文化的、経済的交流が深まり、本県の国際的プレゼンスが向上して、日本の外交にも寄与するに違いない。

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