静岡新聞論壇

2004年 

情報の非対称性

顕著に現れる医療サービス

三菱自動車の幹部は、製品の欠陥を熟知していたが、買い手は全く知らずに、三菱のマークを信じて買い、不幸な事故を起こした。雪印を信じて低脂肪乳を飲み、中毒になった人もいた。

多くの産業分野で、供給者と消費者との間には「情報の非対称性」があり、供給者の情報独占は、供給者に弛んだ気持ちを呼び起こし、大事件に繋がることがある。「情報の非対称性」が生み出すこうした弊害を最小に抑えるのは政府の重要な仕事であって、そのためには、関係官庁の人員を拡充してもいい。

ところで、「情報の非対称性」の弊害が最も大きいのは医療サービスである。本来なら、医師がお客である患者に対して、まず診断結果を詳しく述べ、つぎに幾通りかの治療方法を提案をする。その後に、患者がその医師の診断を信用すべきかどうかを考え、また提案された治療方法のどれを選択すべきかを決めるというプロセスになるはずだ。

ところが、医師だけが専門知識をもっているから、普通は、医師が病名と治療方法を一方的に決め、患者に相談せずに自らが治療を始める。つまり、医師は、患者に代わって、治療サービスや薬品を医師自身に発注するのである。1人で勝手に取引しているわけだ。

患者は自分の病気についてほとんど情報を与えられていないので、医師にすべてを任せるしか方法がない。また誤診やミスのために治療期間が長引き、不幸に死亡したとしても、医師の責任を問うことができない。そもそも、どの医療機関でも治療実績について、他の医師や他の医療機関と比較可能なデーターをつくっていないので、誤診やミスを確認する方法がない。

慈恵医大・青砥病院事件のような殺人に近い医療ミスを起こしても、医師免許は取り消されなかった。医師の資格は国家が厳格な試験の結果与えたのであるから、軽々しく無効には出来ないという理屈だ。国家と医師会がグルになって、誤診や医療ミスが発見されない仕組みを維持し、かつミスを起こしても、医師の身分を奪われないようにしているとしか思われない。

ところで、都市部では医療機関が過剰になり、競争が激しくなってきた。それとともに、「情報の非対称性」が引き起こしている弊害を改め、サービスの質を向上させようとする動きが広がってきた。

病院の評価数値公表が有効

まず、インフォームド・コンセントが広がり、医師が患者に治療方法と治療リスクを説明するようになった。また、複雑な病状の患者には、他の医療機関でも診察して貰い、セカンド・オピニオンを得ることを推奨する病院が少しずつ増えている。

最近、内部告発によって、医療ミスが次々に明らかになり、医療機関の治療能力が疑われてきた。医療機関は生き残るために、治療の成果を公表して、いかにミスが少なく、かつ腕のいい医者が揃っていることをPRしなければならなくなった。

例えば、幾つかの重い病気を取り上げ、年間の患者数、平均入院期間、専門医一人当たりの手術数、死亡率等を公表する病院が増えている。今後カルテの電子化が進むと、医療機関の評価方法は一段と進歩するだろう。こうした評価数値が公表されば、「情報の非対称性」がかなりカバーされ、患者は医療機関を選びやすくなる。

病院は評価数値を向上させるために、優れた専門医の育成、院内感染防止の専門家のスカウト、治療や投薬の厳密なチェックシステムの確立、看護婦の権限の向上、治療技能にマッチした賃金体系の導入など、多様な対策が必要だ。こうした経営のポイントは人事政策と経営管理になるから、今後の病院経営は医学の専門家ではなく、経営の専門家に移っていくべきだろう。

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