静岡新聞論壇

2004年 

長銀の処理と新生銀行

国民負担は総額5兆円に 

新生銀行は上場されるや否や、株価は800円を突き抜け、優良銀行の代表と言える静岡銀行の株価を超えた。それは、財務内容がどの銀行に較べても優っており、自己資本比率が20%を超え、不良資産には充分な引当金が積まれているからだ。

新生銀行の財務内容が優れているのは、総額約8兆円近い財政資金が投入されたからだ。国有化された長銀を買収したのは、リップルウッドがつくった投資ファンドのニュー・LTCB・パートナーズ(NLP)だった。NLPは不良資産を絶対に引き継がないことを条件とし、かつ格安な価格で国有長銀を買収した。NPLが拒否した国有長銀の不良資産の多くは回収不能になり、それによる国民負担は総額で5兆円に達するとみられる。

NPLは新生銀行の上場によって、膨大な利益を得ていることが証明された。NLPが新生銀行の株式を上場して得た金額と、NPLが現在なお所有している新生銀行の株式の時価総額を加えると、約1兆円になる。国有長銀の買収価格は1200億円だったので、差し引きすれば、NPLは1兆円近い利益を獲得したことになる。巨大な静岡空港の建設費が2000億であることに較べると、5兆円の損失や1兆円の利益が如何に大きいかが判る。

何故、国は長銀の処理で巨額な損失をだしたのか。最大の理由は旧長銀の処理に時間をかけ過ぎたことだ。旧長銀が破綻した時には、金融庁の査定によると、2000億円の負債超過だった。ところが、長銀の処理を巡って、国会で「公的資金の注入による救済」か、「破綻処理・国営化」かの政争が続き、長銀は死に体のまま3ヶ月間も放置された。

当時の日本は深刻な金融危機の襲われ、それが世界経済恐慌の引き金になりそうだった。アメリカでは、日本は大きな銀行を潰して、「市場経済原理が機能していること」を世界に示すべきだ、そうすれば、世界の不安がかなり解消するという見解が強まった。

民主党や「政策新人類」がこの要請を重く受け止め、国会で「長銀の倒産・整理」を主張し、そのように決まった。彼等は、大型銀行を破綻状態のままにしておくと、取引先企業に対する折り返し融資が止まるので、如何に多くの企業が倒産し、また銀行の財務内容が一挙に悪化するを知らなかった。また国営化すると、国の負担が一層重くなることも予想しなかった。

NLPの巧みな買収交渉

確かに、NLPの買収交渉は巧みだった。リップルウッドの幹部は政治力があり、サマーズ財務長官等の日本政府に対する影響力がある大物に接近した。国営長銀のフィナンシャル・アドバイザーはゴールドマンサックスであり、国有長銀の買収を指揮した幹部はゴールドマンサックスの元役員だった。彼は国営長銀の財務内容をしっかり掴んでいたという。NLPは、そうした準備を整えて、国営長銀が存続できない事情をよく知っていたので、強気の姿勢で交渉に臨み、考えられない程有利な条件で買収した。結局、巨額な買収利益をあげた。

旧長銀処理が長引き、かつ国有化したので、不良資産が激増した。NPLの巧妙な交渉によって、それはそのまま巨大な国民負担になった。旧長銀の株式は紙くずになり、株主は全責任を取った。旧長銀の幹部には刑事罰の判決が下った。しかし、旧長銀の破綻・国有化を決め、国に膨大な被害を与えた政治家には、失政の自覚すらないのは残念だ。

竹内宏の経済情報 | 静岡新聞論檀 長銀の処理と新生銀行

ページのトップへ