- SRI 時々刻々
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(08/10) - 原油価格の上昇に抵抗できる都市づくり(08/07)
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(06/12) - 東洋の教育力(06/11)
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文化の発信地へ静岡県の軌跡
(04/1)
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静岡総研「SRI」時々刻々 95号
日本経済再生への道
日本経済は、1990年代に生産性の伸びが止まり、その結果、アメリカとの経済力格差が拡大し、また、韓国、台湾、中国に追い上げられた。生産性が停滞した原因は、まず労働時間の短縮であり、祝祭日が増え、土曜休日制が中小企業にまで拡大した。働く時間が短くなれば、当然、一人当たりの生産性は減少する。
もう1つの原因は、IT技術の利用が遅れたことだ。IT投資は増加したが、生産性が向上しなかった。技術ソフトの開発力が大企業に集中していたので、独立したIT技術サービス業が発達せず、中堅・中小企業のIT化が遅れた。
2000年代には、IT化が、全産業で拡大したが、企業の日本経済に関する展望は暗かった。人口の高齢化によって日本経済の成長力は衰え、国内市場は拡大しないと判断した。国内の設備投資を抑え、海外における新鋭工場の建設に力を入れた。
国内における工場設備の平均年齢は延び、多くの企業で国際競争力が衰えた。典型的な例はエレクトロニクス産業である。1980年代には日本はエレクトロニクス王国であり、産業のコメと言われた半導体の競争力は圧倒的に強かった。ところが、1990年代には、記憶機能を備えたDRAM分野で韓国に敗れ、次いで、ロジック機能を備えた高級半導体では台湾に負け、液晶ディスプレイでは、韓国の後塵を拝するようになった。
中国は、テレビ、パソコン、携帯電話の生産量では、日本をはるかに上回る世界一の國になった。日本の携帯電話の品質は優れていたが、過剰機能の上に、高価であるという致命的欠陥があり、世界市場では敗退した。自動車でも同じ傾向が見られ、日本製品は過剰機能・高価格である。自動車需要が急増している中国やインドでは、選択のポイントとして性能よりも価格を重視するから、日本製自動車は売れない。
日本の企業は国内投資には消極的であり、激しい競争の中で生き残る方法は、主として賃金カットを行った。そのため、1990年代から非正規社員が増え、全社員の30%以上を占めるようになった。
2008~2009年には、アメリカの金融危機の影響を受けて輸出が激減したため、大部分の産業は低稼働に苦しみ、生産性が大幅に低下した。企業は非正規社員を解雇しただけではなく、正規社員の解雇や賃金カットを実施して、危機の克服に努めた。この結果、日本の工場現場の賃金水準は、徐々に、新興国のそれに向かって下がり続けている。
一方、新興国の工場では、新鋭設備が設置されて、生産性が高まり、それに応じて賃金水準が上昇している。日系企業の工場でも、新鋭設備が並び国内工場に劣らない水準になってきた。
こうした中で、日本経済を長期的に展望すると、どの方向に発展すべきか。
まず、第1に、日本経済から無駄を省き、投資の効率を向上させることだ。例えば、無駄な公共投資をなくす。官僚機構を効率化する。電子カルテや国民総背番号制を採用する。都市を改革し、コミュニティを復活させ、豊かな性格を実現する。
第2に、日本は成熟国らしい産業を発達させるべきだ。アニメ、グルメ、ファッション、介護、医療、健康等の産業がそれであり、それらが成長すれば、日本の社会は豊かになるだろう。新興国は今後次第に成熟社会に変わり、また人口の高齢化が進むから、これらの産業は将来の新興国で需要が拡大して、製品の輸出が伸び、さらに日本でサービスを受けるアジア人が振るだろう。
第3に、電気自動車、太陽光発電、移植医療等、未来の大産業への研究開発投資を拡大し世界をリードすることだ。これに聖子失せれば、日本は再び経済強国になれる。。(以上)