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静岡総研「SRI」冒頭論文  2006年3月

裏道の文化

個人の利益と地域社会の利益が一致しないことがある。住宅の売買を例にとって考えてみよう。敷地面積100坪の大型邸宅が50軒ぐらい固まっている住宅地があったとする。そこは樹木が多く、塀越しに見える庭が美しい。豪華で品格がある住宅地であって、かつ交通の便がいいので、地価は5000万円ぐらいになるだろう。

世代交代が進んだり、経済が変動すると土地を売る人が現れる。ところで、5000万円を纏まって払える人は少ないので、土地を2つに分割して50坪ずつにすれば、買い手が増え、地価はそれぞれ2600万円、合計5200万に上昇する。売り手にとって見ると、分割した方が得である。

しかし、100坪の豪華な住宅地に、50坪の小さい家が2軒建つと、景観が悪くなり、両隣りを始めとして、周辺の地価は確実に低下するだろう。

売り手は、分割することによって、200万円だけ得をしたが、住宅地全体では評価損が発生したに違いない。価値総研のモデル計算を応用すると(いろいろな前提があって正確ではないが)、土地の評価損は合計500万円になり、売り手の利益の2倍以上である。 伝統ある商店街でも同じことが起きる。幾つかの商店は跡継ぎがいないので、店を賃貸しするとしよう。繁盛している商店街では、賃借料が高いから、借り手はコンビニか、ディスカウント・ショップになるだろう。重みがある商店街の中心にコンビニや派手な看板の店が並ぶと、商店街の品格が下がり、商店街全体の地価総額は低下するに違いない。もっとも、シャッター店が増えて地価総額が急速に低下するよりましだ。

郊外に大型ショッピングセンターができた場合はどうか。その周囲の地価は上昇するだろうが、自動車で来店する人が多いから、大きな商店街が生まれるわけではない。地価が上昇する地域はかなり限られるだろう。

中心市街地では、ショッピングセンターに客を奪われるので、シャッター店が増えて、地価が大幅に低下する可能性がある。大型店周辺の地価上昇総額と中心市街地の地価低下総額を対比すれば、その都市にとって、大型店が進出した時の損得が判断できる。多分、中心市街地の地価下落額が大きいので、その都市としては、古い商店街の活性化に力を注いだ方が得になるというケースもあるだろう。

中核都市では、大学が幾つもあり、若年人口が多いので、中心市街地の地価が低下すると、意欲のある若者は道幅が狭くもっと地価が安くなった路地裏に洒落れた店を開くだろう。そこには、センスのよいマニアックな若者が集い、路地裏が情報交流の場になるだろう。

東京の新しいファッションは青山の裏道にある小型の専門店から起こり、秋葉原文化のフィギアーやコスプレは路地裏になる小型の小売店群から生まれた。最先端のIT機器を創造するマニアは、そこに集中立地している専門部品の小売店群の固定客であって、彼等は、そこで新しい情報を仕入れ、仲間を作り、世界に通ずるIT文化を創っている。ニューヨークのソーホーもかっては人通りが少ない裏町だった。

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