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静岡総研「SRI」時々刻々 104号

働き方の変革

終身雇用制のサラリーマン社会では、課長が経営のポイントだった。課長の仕事は、部下に働く意欲を与え、かつ若者の新知識や新感覚を自ら吸収して、成長するだけではなく、経営のトップにも、それを知らせることだ。 課長は「部下と激しく議論し、必ず負けろ」と云われたものだ。部下と激しく議論すればするほど、部下の新知識や、社会の新しいニーズがよく解る。

課長は、部下の考え方に反対であっても、論理的に追いつめて、ギャフンとさせてはいけない。それは、部下の勤労意欲だけではなく、自信も失わせる結果になり、企業の戦力が著しく低下する。
課長は、部下と詳しく話し合い、詰めが甘いところを指摘したり、注意すべき点を述べたり、困った時には、遠慮なく相談するように忠告した後、「結局、君が言うことが正しい。君の考え通りに進めてくれ」と励ますのである。

部下は課長を説得できた喜びを抱くと同時に、自分の能力に自信を持ってくる。説得したからには責任がある。彼は夜も日も分けずに働き続け、立派な成果を上げるに違いない。大会社における課長の人事評価では、「部下を育てたか」という項目が、大きなウエイトを占めていた。

終身雇用制の下では、職場の移動を繰り返すので、多くの人がお互いに知り合い、課長として働いている頃には、それぞれの人物の大きさが判ってくる。大きな人物は、部下の勤労意欲、創造意欲を刺激し、働きやすい環境をつくれる人だ。また彼は、仕事の成果を、部下の働きから生まれたことを強調するのだ。彼はすべての社員が、部下として働きたいと思われる人である。

終身雇用の会社では、経営のトップは社員の総意で決まり、大きな人物が選ばれるものだ。そのトップの下では、社員全員が高いモチベーションをもって働くから、会社は成長し、社員の給与も増える。

ところが最近、十数年間で日本経済の力がすっかり弱まってしまった。日本企業のよき伝統が裏目に出て、世界経済の目まぐるしい変化のスピードに対応するには、若い人の意見を採り入れじっくりとボトムアップの意志決定などしていたのでは、とても追いつけない。

すでに、トップダウンによる意志決定が早い韓国企業との競争に敗れ、中国企業に追いつかれている。トップダウン方式では、トップが基本的な方針を決め、「すべての社員は、その方針に沿って、協力して働け」ということになる。しかし、日本の企業では、一方的なトップダウン方式では社員の働くモチベーションが失われるという問題が生まれてくる。

この問題は、IT技術を利用したクラウディング・コンピューティングによって解決できそうだという。全社員は常時端末を持っている。仕事に関する情報は相互に、即座に、伝達され、夕方には意見が交換され、管理者は、意見を集約して新しい指示を下す。

トップは、それらの情報交換や新しい指示の流れを見ながら、直ちに新基本方針を指令する。こうしたシステムが巧く動くためには、トップが相当の実力を備えなければならない。大きな人物という特徴では役立たない。部下にも早い判断力が要請される。

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