静岡新聞論壇

7月

ロシア経済の光と陰

エネルギーが成長牽引

ロシアは、2000年以後高成長を続け、物不足の国から、物が溢れる国に一変した。

10数年前のモスクワを知っているなら、誰でも驚嘆するのは、巨大なショッピング・センターの出現だ。そこにはスーパー、専門店群、映画館等があり、そのスーパーは多分世界一の大きさだろう。出口には100台近くのレジが並び、向こうが霞んで見える程だ。一万台の駐車場があり、日曜日には、周辺の道路は大渋滞だ、3つ目の巨大ショッピングセンターが建設中だ。

赤の広場近くある有名なデパート・グムは、社会主義時代には貧弱な商品と店内に拡がる生活汚水の匂いが特徴だったが、今や日本橋の三越より豪華であって高級品が並んでいる。

サミットが開かれているサンクト・ペテルブルグは実に美しい都市であり、ネバ川越しに見たエルミタージュ宮殿の景観はまさに芸術的である。このヨーロッパ型都市でも、大型ショッピングセンターが建設された。

ロシアが豊になったのは、石油や天然ガスの輸出量が増え、かつその価格が急上昇したからだ。その結果、エネルギー資源の掘削やパイプラインの建設部門で雇用が増え、賃金が上昇し、政府はエネルギー関連企業から吸い上げた税金を公共事業に投入したので、さらに雇用が増え、経済成長が加速した。

ところが、製造業は停滞したままだ。というのは、ルーブルの実質為替レートが上昇し続けたからだ。経済成長とともに消費主要国に広がるデフレブームが発生し、消費価格が急上昇した。しかし、エネルギー輸出の急増によって、外貨の蓄積額がふえた結果、ルーブルの対ドルレートは安定的に推移した。物価が急上昇を続けたにも拘わらず、為替レートが変わらなければ、国内産業の輸出競争力が低下し、工業製品の輸入が増加するはずだ。

実際、モスクワやサンクト・ペテルブルグのデパートやショッピング・センターにある商品は、家電製品から衣類、歯ブラシ、果物までほとんどすべて輸入品である。高級品・中級品はヨーロッパから、また下級品は中国・トルコからの輸入だ。輸入に拘わる流通業では雇用が拡大し、高所得層が現れた。

ロシアは世界最大のエネルギー産出国になり、国際政治の世界では、アメリカや中国と並ぶプレーヤーに戻ったが、残念ながら、製造業が発達せず、アラブ産油国のように石油の上に漂う消費大国になってしまった。

製造業育成が喫緊の課題

ロシアにとって最も重要な課題は、強い製造業を造るためには、国家が主導した強力な産業育成政策を実施することにあるが、現実には、社会主義経済から市場経済に移行という革命的な仕事をやり遂げたところであって、そんな余裕はない。

社会主義時代には競争がなく、勤労者は決められた通りに仕事をすればよかった。賃金が平等であり、最低生活が保障され、怠け者には実に住みやすかった。ところが、市場経済では創意工夫を要求され、企業では同僚間に容赦なく賃金格差が付き、成功者は短期間で巨万の富を稼ぐが、失業する人もいる。こうした環境の激変に耐えられず、自殺や麻薬に走る人が増え、平均寿命が短縮し、出生率が低下して、人口が減少している。

ロシア政府は、宇宙や軍需産業で世界最高の技術が蓄積されいるので、海外から大量生産の技術を吸収し、また巧みな産業政策を導入すれば、危機を克服できると考えている。エネルギー資源の価格が高いうちに、財政資金を投入して、多様な産業を育成すると同時に外資の技術を利用したい。そのためには国際的信用が重要であり、ロシアが議長国になったサミットは、それを演出する重要な場だったが、議題の中心はイランや北朝鮮の問題に移ってしまった。

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