静岡新聞論壇

1月26日

都市衰退のメカニズム

危険な外部資本頼み

弱い都市は次のようなプロセスで崩壊する。まず,競争力を失った工場が閉鎖され、その跡地に大型スーパーが進出する。中心市街地の商店街は競争に敗れ、シャッター通りに変わる。ところが、隣接する都市に大型ショッピング・センターが建設され、今度は大型スーパーが客を取られて閉店し、幽霊屋敷のような建物だけが残る。市街地からは人通りが消え、広い道路に面した役場や公民館の建物がやけに目立つのである。

崩壊の原因は何かと言えば、それは工業も商業も外部の資本に頼っていたことだ。企業にとっては、本社が頭脳であり、工場や店は手足だ。業界の構造が変わり、経営が危機に落ちいれば、企業は先ず地方経済への影響を考えずに、手足を切り捨てるだろう。自治体は経済の衰退を防ぐために、専ら公共事業の拡大に努力するので、死んだような都市中に、大きな道路と公共の建物が聳えるという結果になる。

地方経済を支えるのは企業家である。企業家は思わぬところから現れるものだ。農業は衰退産業と言われるが、50才を少し過ぎた東京の銀行員が退職して、北海道の余市の近くでサクランボ農家に転業し、7年後には、年間純所得700万円の中核農家になった例がある。

Fさんは、園芸家になることが子供の時からの夢だった。銀行業界が不振になった7年前に、サクランボ農場約一万坪を安く手に入れた。彼は銀行で得た簿記の知識を利用して周囲の農家の経理を手伝い、地元に溶け込むことに成功した。また、農場を買うや否や、土壌のPHを道庁の試験場で調べて貰い、農薬漬けになっている事実を知った。そこでソバ殻を発酵させて有機肥料の土を作り、三年がかりで土地を改良し、良質なサクランボの生産に成功した。

銀行で働いていた時に、磨いた情報収集と交渉力の能力を生かして、ソバ殻や農場の区切りにする枕木といった材料をタダ同然で入手した。農繁期には労働力が必要だ。彼は人事の経験があるので、技能者を中心としてパート六名のティームを作り、技能者にかなりの権限を移譲し、同時に勤労意欲を刺激する賃金体系を作った。そのため良質な人材を確保できた。

また、秘書室と貸し付けの勤務が長かったので、東京を中心として幅広い全国的な人的ネットワークを持っていた。彼のサクランボは良質な有機肥料で育っているから、非常に美味く固定客が増えている。お中元用サクランボはこのネットワークを通じて直販されるので、農協経由に較べて遙かに採算がいい。

経済力の支えは起業家

農場や建物の購入には、割り増し退職金を充てたので、無借金であり、経営は安定している。現在、念願のイングリッシュガーデン造りに着手している。そのため、イギリスに出掛け、また英文の文献を収集している。彼は観光を兼ねた農場にしたいという。こういう創造的な個人企業が増えれば、どの地方でも、強力な経済力を維持できるはずだ。ところで、Fさんは農場の価格が下がっていたので農家になれた。また普通の農家よりも農業以外のノウハウが豊富であり、かつ園芸が好きだったから成功した。

都市の中心市街でも、衰退して地価や賃借料がもっと下がれば、マニアックな人達が洒落た店を出すに違いない。彼等は気に入った商品を世界中から集めたり、気に入るまで自ら最終仕上げしたりするのだ。この拘りがニッチで深い需要層を開拓する力になる。その情報はインターネットで全国のマニアに広まる。秋葉原、青山通りの路地、ニューヨークのソーホーなどには「拘る人達」が集まり、新しい文化が創られた。こうして考えると、衰退した市街地にも夢がある。

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