静岡新聞論壇

6月

市場を混乱させた規制緩和

「会社は株主のもの」は誤り

小泉内閣の規制緩和は、確かに日本経済の活性化に成功したが、同時に市場経済における正当な行動とは何かという点に関して、間違った考え方が拡がり、混乱してしまった。その典型的な間違い例は、「会社は株主のものであり、経営者の責任は専ら高配当の実現にある」という考え方だ。

会社は株主だけではなく、顧客、従業員、地域社会によって支えられている。そのため、会社は顧客に良質で安く製品を供給し、従業員には働き甲斐のある仕事とそれに相応しい賃金を与え、また地域の自然や文化的環境を守るという責任を持っている。そうした責任を果たした後に、できるだけ高い配当を株主に配分すべきだろう。

ところが、村上ファンドの村上氏のような投資家は、狙った会社の株式を買い占め、「会社は株主のものだ」と主張して、堂々と高配当を要求する。配当が増えて、株価が上昇すると、それを売却して膨大な利益を上げるのだ。また、目先の利益が増大するような経営を会社に迫り、応じなければ自分が持っている株式を高値で買い取らせる。それは総会屋が会社を強請って、丸儲けするのとそっくり同じだ。

彼がファンドを設立した90年代の中頃には、多くの企業は経営不振に苦しんでいた。当時の彼は、大株主の立場から、不振の企業に優れた経営戦略を提示し、活力を与えるだろうと期待された。

ところで、経営のポイントは、何時の時代でも、従業員の気持ちを理解し、やる気を起こさせることだった。日本の自動車産業の強さは、長期にわたる安定した雇用、従業員の技の尊重、部品メーカーとの長期取引と技術の交流、平等な賃金(外資系を除く)といった情のこもった日本的経営にあり、従業員が自分の仕事に誇りを持っていることだ。トヨタの経営は世界の経営学の手本になった。

監視機構の必要性忘れる

技術者が勤める企業を選ぶ時には、所得の多寡ではなく、独自な研究ができるか、知的な雰囲気に中で働けるか、研究仲間をつくれるかといった点が重要だ。

巨額な資金を用意して敵対的買収を挑む投資家達には、企業発展の担い手である従業員が企業に対して強い帰属意識を持っており、もし買収されたならば、勤労意欲を失うことも、賃金の高さだけでは、優れた技術者が集まらないことも理解できないようだ。

彼等が企業に対して、長期的な成長戦略を提案するのは無理だった。日経新聞によると、村上ファンドが投資した村上銘柄は、確かに値上がりしたが企業収益は低下したそうだ。

しかしながら、小泉内閣の「骨太の政策」の立案に係わっている民間有識者の中には、村上ファンドに多額な出資している企業の社長や会長がいる。驚くことに日銀総裁まで出資していた。

云うまでもなく、株式市場には無数の金の亡者や、国際経済を混乱に陥れるような大型ヘッジファンドが暗躍する市場である。したがって公正な取引が行われているかどうかを絶え間なく監視し、粉飾決算による株価の吊り上げや、インサイダー取引等の違反者をいち早く発見して、厳罰に処すという制度が必要である。つまり東京証券取引所や証券等監視委員会の人員を大拡充すべきだった。

ところが、「この一部民間有識者」は、専ら小泉政策の規制緩和と「小さな政府」に関心を持ち、大きな監視機構の必要性をすっかり忘れていたようだ。それどころか、この機会に株式市場で大手を振って儲けられると錯覚したらしい。規制緩和を主張するグループも、既得権益にしがみつく抵抗勢力と同じように、腐敗してきたと非難されても仕方がない。腐敗現象が小泉体制の中心部まで浸透した頃小泉さんは辞める。その点でも運がいい人だ。

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