静岡新聞論壇

11月20日

労働力不足時代への対応

「移動型」で生産性向上

アベノミクスはやるべきことを実施し、今年の春まで成功したが、7~9月期には、GDPが2期連続のマイナス成長に落ち込み、デフレ脱却は一頓挫した。最大の原因は、物価上昇率が賃金上昇率を上回って、実質所得が減少したので、個人の先行きの不安が消えず、消費が不振だった。物価の上昇は消費税引き上げと円安によってもたらされた。

景気を復元させ、今後、継続的に消費税を引き上げるためには、賃金上昇が不可欠である。最近、労働力不足が全国に拡がり、公共事業や一般の工事が進まず、景気の足を引っ張っている。経済の理屈からいえば、労働力不足は賃金を上昇させるはずであるが、実際にはそうはならなかった。

その理由は、企業が賃金コストの上昇を抑えるため生産拠点を海外に移転し、またIT、家電、半導体等では、東アジアの企業が現地に適した製品を安く生産しているので、日本の製品では、円安になっても国際競争力を欠く分野がかなり多いからだ。企業は賃金を引き上げたくない。

また、多くの中小企業では円安によって輸入材料やエネルギー価格が上昇した。その上に、賃金を引き上げると経営危機に追い込まれる。労働力不足を賃金上昇に繋げるには、日本経済全体の生産性向上が不可欠である。

ところで、現在、航空機の材料・部品メーカーはじめ、先端技術産業では、未曾有の高収益をあげ、労働力不足に悩んでいる企業が多数存在する一方、国際競争力を欠き、また構造的に需要が縮小して、雇用調整を計画している衰退企業が多い。衰退企業の社員や摩擦的失業者が、スムーズに高収益企業に移行すれば、日本経済の生産性が向上し、賃金が上昇して、国民生活は安定するはずである。

その時には、働き方や生活が変わる。従来型労働では、私達は同じ企業に長く勤めて技能を習得し、好き嫌いなく命じられた仕事を一生続ける。これに対して、新しい移動型労働では特殊な技能を身につけた人が、高い賃金を求めて、低収益企業から高収益企業へ自由に移る。そこでは、男女の差別が消え、保育所もあるから夫婦は子育てをしながら働けるだろう。こうした利己的な経済行動が、生産性向上、労働力不足の解消、出生率の増加に役立つはずだ。

外国人確保の準備必要

今後、労働人口が急速に減少するから、こうした移動型労働への転換をはじめとする変革が必要である。その際、重要なのは、第一に、大学や専門学校が質を向上させ、特殊技能を教え、技術の進歩に応じて再教育を引き受ける能力を備え、企業では、移動型人材が効率的に働ける組織の研究である。

第二に、農業・医療・介護・教育等の産業では強い政治力に支えられた非効率な経営体が維持されている。その岩盤を破壊し、労働の流動性と生産効率を高める。

第三に企業は必要な技術を内外のベンチャー企業等の買収によって獲得し、世界の頭脳を利用すべきだろう。日本の労働人口は長期的に急スピードで減少するから、早く外国人研究者や労働者への依存体制を準備する必要がある。アベノミクスでは、こうした第三の矢が重要である。

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