静岡新聞論壇

10月9日

宇沢弘文さんの警告

自動車社会を痛烈批判

宇沢弘文さんが亡くなった。宇沢さんは1960年代には、主としてアメリカで「数理経済学者」として活躍して世界の学会をリードし、80~90年代には、日本で経済や社会制度を痛烈に批判する論文を次々に発表し、「社会改革家」に変身した。

有名な「自動車の社会的費用」によると、自動車社会では、まず高速道路網の建設によって壮大なスケールの自然破壊が進み、都市の道路は自動車で占領され、大気汚染や交通事故が発生する。その被害を経済価値に換算すると、東京では1台当たり、年間200万円に達すると推定して、自動車社会を激しく批判した。

彼は、酒豪であって、ジャーナリストとの会合では瞬く間にビール数本を空にしつつ、絶妙な話術で出席者を魅了した。出版社や新聞社が、帰りの自動車を用意しても必ず断って電車で帰った。

また、都市構造に関して、シンプルなゾーニングは死んだ都市を生むという理由で反対した。例えば、住宅地、商業地、文教地というゾーニングでは、住宅地と商業地をダブらせ、また、住宅地と文教地を組み合わせるべきだという。商業地が同時に住宅地になり、多くの人が住めば、商店街は夜遅くまで賑わい、強靱な地域コミュニティーが生まれるはずだ。

住宅地と文教地を重ねると、学生や教員がともに大学周辺に住み、そこでは、真夜中まで熱い議論が続き、教育の成果が上がると同時に、学問のレベルが向上するだろう。都市の中心部では、道路が自動車が通れないほど狭く、曲がりくねり、そこで住民が密集して生活すれば、お互いに助け合い、社会的弱者も楽しい人生を送れる社会になるという。

宇沢さんは、アメリカとイギリスの大学で研究生活を送り、学問の熱気が溢れる学園都市を経験した。また、自動車が走り易いようにゾーニングされ、人間的な温みを失ったアメリカの都市に失望し、独得な都市構想を抱いた。

ところで、東海道新幹線は、今年で、50年間、無事故の高速運転を続けたという、世界の鉄道史上、未曾有の成果を収めた。振り返ると、新幹線は60~70年代における日本経済の高度成長に対して、偉大な貢献をしたが、負の遺産も少なくなかった。

東京集中 負の遺産予想

宇沢さんによると、急行は通過駅の町を衰退させるから、日本経済の発展には、各駅停車が重要であるという。実際、新幹線の開通後、新幹線が停車する都市は繁栄し、周辺地域は衰退の一途をたどった。

その後、新幹線とともに異常なスピードで経済力が東京へ集中し、「こだま」と一部の「ひかり」しか停車しない都市の経済成長力は弱まった。「のぞみ」が出現すると、東京への経済力集中が一段と進み、若年人口は増えたが、生活費が高いため、東京の出生率は日本で最低水準に落ち込んだ。

間もなく東京では4人に1人が高齢者になる。宇沢さんが30年近く前に予想したように、日本経済には負の遺産が累積したので、「地方創生」が喫緊の課題になった。

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