静岡新聞論壇

8月28日

アメリカのゼロ金利政策は続く

リスクある投融資可能に

アメリカでは、2008年末から開始された大胆なゼロ金利政策によって、07年~08年にかけて発生した金融危機を見事に克服した。その金融危機は1929年の世界大恐慌に匹敵する程深刻だった。「失われた10年」を起こした日本の金融政策の失敗を研究した成果が実ったといえよう。

景気回復は、伝統的な理論によると、金利の低下―企業の投資の増加―雇用の拡大―消費の拡大というルートをたどるが、今回では、ゼロ金利政策の実施によって、株式等の金融資産の価格が急上昇し、その金融資産を持っていたほとんど全ての金融機関は、巨額な評価益を自己資本に組み入れることができた。その結果、経営体質が強化され、リスクのある投融資が可能になった。

金融機関の主たる仕事は、短期で調達した資金を長期で運用して利鞘を稼ぐことにあるので、常に資金繰りがショートし、倒産する可能性を恐れている。しかし、金融が極端に緩和され、短期資金をいくらでも調達できるようになったので、長期の資金運用を自由に拡大することができた。

金融機関が強力になったという事実によって、アメリカの投資家の景気感は、一挙に悲観から楽観に変わり、投資を拡大したので、株価が上昇し、金融機関は一層安泰になった。

ユーロ圏でも、12年に、欧州中央銀行が、圏内の国の国債市場に大きな混乱が発生した時には、一定の条件の下で、無制限に国債を買い取るという大胆な政策を発表した。これによって、スペイン、イタリアといった問題国の国債が信用され、ヨーロッパの銀行は価格が低下していた問題国の国債を買い、アメリカの金融機関はユーロ圏の銀行に対して融資を拡大した。こうして、ユーロ圏の金融機関が安泰になり、危機が去った。

失業率は適正水準戻らず

しかし、問題は雇用が増えないことであり、アメリカでは、ゼロ金利政策実施後、5年経っても、失業率は適正な水準に戻らない。またユーロ圏の弱い国は二桁の失業率に苦しんでいる。その原因として、第一に企業はゼロ金利にすっかり慣れ、ゼロ金利が続くと予想し、投資を急がないことだ。雇用は投資が拡大しなければ伸びない。現在の企業経営はゼロ金利を前提として成立しているらしい。

第二に、IT化・ロボット化が進んでいる。アメリカでは、今後約20年で、総雇用の約50%が1T機器に置き換わるという。20世紀にはオフィスワークのIT化によって、中間所得階層が職を失ったが、21世紀には、輸送、配達が無人化され、戦争も無人機によるロケット攻撃に変わり、非熟練労働がほとんど消えるだろう。

景気が軌道に乗って上昇すると、設備投資と雇用が拡大するはずであるが、現実には失業率が適性水準に低下せず、特定の能力がない人は長期間失業し、黒人暴動が増え、社会は不安を増している。ユーロ圏では、弱い国でストや暴動が頻発している。

アメリカ経済は、回復の入り口で止まっており、需要には物価を上昇させるほどの力がない。ゼロ金利は、今後も長く続くだろう。世界経済の内容や金融政策も、世界の軍事バランスと同じようにすっかり変わった。

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