静岡新聞論壇

3月3日

労働組合の機能の向上を

ベア尻込み、好循環なし

日本経済回復には、まず、賃金と物価の上昇が必要である。賃金上昇が続けば、生活に安定感が生まれ、物価上昇は好況感をもたらし、また先行きのインフレを懸念して、多くの人は買い急ぐ。そういう活気が生まれれば、多くの企業は前向きの経営に転じ、雇用や生産を拡大するはずだ。

ところが残念なことに、賃金上げについては、高収益をあげている多くの企業で、ベースアップを尻込みして、一時金支給の増加に止めている。もし、大幅なベースアップが実現すれば、従業員には生活の安定感が高まるから、消費を確実に拡大するに違いない。しかし、一時金の支給だけでは、永続的な生活水準の向上を期待できないので、個人消費を一時的に増加させるに止まる。その結果、商品の売り手は、需要が激減することを恐れ、価格を据え置くから、賃金上昇と物価上昇の好循環は発生しない。

企業が、高収益の経営実績をあげながら、それを内部に蓄積して大幅なベースアップを抑えることが出来るのは、労働組合の力がかなり衰えた結果と言えよう。企業は、従業員を正社員・非正規社員・アルバイト等に区分して、賃上げを目指して社員全体が団結して闘う力を削ぐことに成功した。非正規社員やアルバイトは、同じ仕事を反復するだけであるから、技術の幅が拡大したり、創意を生かした生産性を向上させるという意欲が生まれにくい。そういうマイナス面を内蔵しているが、総合してみると、賃金上昇に全社員が一致団結するよりも経営的にはプラスになる。

かつては、日本を代表する大企業の労働組合が率先して、時にはストライキという武器を使って闘い、春闘相場を高めたものだ。私は昔、金融機関の労働組合の書記長を務め、太田薫総評議長と対談する機会があった。彼は「私が、貴兄の勤めている組合の委員長として働けば、大幅な賃金上昇を勝ち取ることができる。その代償として賃金上昇幅に応じて、報酬を支払って貰いたい。企業と闘い、大幅な賃金上昇を獲得するのが、我々の仕事だ」という。「闘争資金が蓄積されていたならば、長期ストを武器として有利に闘える」と付け加えた。

連携や団結維持、困難に

ところが現在では、企業はグローバル化して、多くの従業員が海外で働いているので、毎年、全国労働組合大会を開催し、何時でもストを打てるように、組合員相互の緊密な連携と団結力を維持するのが困難となった。

また、多様な職種が生まれたので、賃上げ要求が複雑になって、労働組合の全員が満足するような要求を積み上げられない。そのため労働組合の力が弱まり、労働が生み出した付加価値の配分については、企業側に有利に決まってしまうので、個人消費があまり伸びない。こうして、賃金と物価の上昇のエネルギーが強力に働き景気を上昇させる力が弱まった。

経済が順調に発展するためには、労働組合の力が強化されて安定した力を獲得すれば、個人消費が拡大し、また、長期雇用が拡大して、従業員が次々に生まれる新技術に適応する能力を磨けるようになる。

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