アジア動向

静岡新聞論壇 6月11日掲載文

米中対立の思想的背景

天命じた皇帝が統治

中国と欧米諸国とは思想の根本が異なっているので、相互理解が困難である。中国では、欧米のように神の前に立つ「独立した自我」は存在しない。

中国の伝統的考え方では、自分の生命は何万年も遡って存在し、今後も永久に子孫の中に生きていく。個人は祖先から子孫へ流れる永遠の生命の一つの器にすぎない。

孟子は「天下の本は国にあり、国の本は家にあり、家の本は身にあり」と述べ、個人から皇帝まで家庭・家族を原点とした祖先崇拝の儒教の価値体系を尊び、皇帝の徳による政治が行われた時に、武力なしで安定した社会が生まれると主張した。儒教は、現在まで中国人の思想の中に生き続けている。

中国では、全ての宗教の上に立つ神がいない。儒教、道教、仏教の「三教」は、いずれも天が命じた皇帝の支配下に置かれ、「儒教は世を治め、仏教は心を治め、道教は身を治めて相補い」、皇帝による徳の政治の基盤を固めてきた。

中国では何回も非漢族王朝が生まれ、保守的な漢族では実現不可能な大改革を行った。モンゴル族が支配した元は、中国の市場や交通網を東ヨーロッパにまで広げ、満州族の清は、チベット、新疆ウイグル、モンゴルを支配下に収め、現在の中国の領土をつくった。元や清は中国を滅ぼしたのではなく、それぞれ新しい中国を建設したのである。

秦が成立して以来、多数の王朝が生まれ、中国はずっと存続し、非漢族王朝が統治した時に大発展した。次の漢族王朝は変化し過ぎた思想・習慣を伝統へ戻し、中国は「三教」に支えられた特殊な大国として、2千年以上も存在し続けている。

中国は19世紀後半から列強の半植民地になった。しかし、毛沢東が列強を追い出し、鄧小平が市場化政策をすすめ、中国を世界一の工業国に押し上げた。同時に、腐敗、貧富格差、環境汚染、金銭欲望の弊害が深まり、皇帝の徳による政治が破壊された。

民主政治は生まれず

多くの中国人は、国民が自由勝手に振る舞い、また無能な指導者を投票で選ぶ民主制より、エリート集団から信頼される人物を君主に選び、独裁的に行動する政治体制の方が優れていると思っている。中国には一度も民主政治が生まれなかった。

習近平主席は、国民が伝統へ復帰し、礼を尊び、皇帝に従うことを期待し、自らは腐敗と格闘して成功を収めつつあり、実質的な皇帝の地位に就きそうだ。

ところで、昔の東アジアにおける国家間は、冊封関係に基づく上下の身分関係で結ばれ、中国皇帝を君とし、臣たる周辺諸国の序列が決まっていた。その慣習が最近まで残り、毛沢東は共産党政権を設立した当初、2回訪ソした以外、外国に出掛けなかった。世界主要国の大統領や首相は、全て、天子たる毛沢東と北京で会見した。

多くの中国人は中国の天下が来ると考えている。アメリカが日本に軍事的助力を要請している時、中国はロシアが加わっている上海協力機構でリーダー役を務めている。米中の対立の背景には中国独特の重い歴史と伝統があり、相互理解には長い期間が必要だ。

ページのトップへ