アジア動向

静岡新聞論壇 5月28日掲載文

止まらない韓国の反日運動

日本化された朝鮮文化

国家は、それぞれ長い歴史の過程で象徴や理念が形成され、それを軸として、成り立っている。アメリカでは自由・民主主義、イギリスでは国王、日本では天皇というように、特に意識せずに、国民は緩やかに結束している。

李氏朝鮮は明や清の属国であり、国名や国王の決定にもその承認が必要であった。しかし、李王朝は、500年間も存続し、固有の文化を守り、ハングルも創った。

ところが、朝鮮国家(大韓帝国)は、1910年の日韓併合とともに消えた。日韓併合は慎重に進められた。伊藤博文は、朝鮮経済は弱体であり、かつ朝鮮人が反抗的だという理由で消極的だった。しかし、積極論に押され、まず、礼を尽くすため、皇太子だった大正天皇が日本政府の幹部を従えて朝鮮に赴き、次期国王候補であった10歳の李垠が東京で教育を受けることに同意させた。

日本の一流の人材が教育係になり、聡明な李垠は成長して日本語の名人になった。伊藤博文がハルピン駅頭で、安重根に殺害された結果、反対派の力が弱まり、併合は急速に進んだ。

朝鮮国王は皇族として、天皇、皇太子の次にランクされ、李垠は幼年学校、士官学校、陸軍大学を優秀な成績で卒業して、堂々たる日本軍の将軍に成長し、日本の皇族・梨本宮家の長女と結婚して、両国の皇族・王族間には血縁関係が生まれた。明治政府は、皇室典範を変更して王公家規範を加えて、王公族を皇族と同じ待遇にした。朝鮮王朝には不満はほとんどなかったが、朝鮮王族は実質的に消滅し、朝鮮文化は日本化されたのである。

日本政府は、朝鮮にアジア最大規模のダムを建設して、重化学工業を興し、また農業を振興した。日本統治下の朝鮮経済は4%を越す高度経済成長を続けた。しかし朝鮮の財政収入はまだ少なく、膨大な財政支出をカバーできなかった。この財政的損失はロシアや清の日本進出を防止するコストと考えられていた。所得が上昇すると、日本的文化を身に付けた韓国人が増えた。現在の韓国ではそれも許せないことである。

日本は公正調査続けよ

日本の敗戦時、アメリカとソビエトは朝鮮を委任統治領とした後、38度線で二つの国に分けてしまった。北朝鮮は、金日成のゲリラ軍が日本軍を壊滅させた神話を創り、厳しく言論統制し、それを根拠として、三代にわたって金王朝を確立し、核兵器で武装した。これに対して、韓国では、約20年前に学生運動によって、軍事独裁政権が倒され、民主政権が生まれた。韓国は血縁社会であるから、政権のバックには王公族のような権威が必要であるが、しかし、それは日本によって完全に潰された。

そのため、権威を欠く政権が続き、大統領は任期終了するや否や逮捕・極刑の判決や、自殺という事件が続いた。朴槿恵大統領はセウォル号事件の犠牲者を弔う会に出席を拒否された。

行き詰まった韓国政府は、存在理由を主として反日運動に求めざるを得ない。日本は感情的にならず、歴史的事実について世界各国と協力して、黙々と公正な調査を続けるしか対策がない。

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