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エコノミスト 2002年3月

これから伸びる企業の条件

ポイントは企業の体質 

バイオやIT産業は技術進歩の可能性が大きい将来の成長産業だ。IT産業は現在は不況であるが、将来人間の頭脳並のパソコンが開発され、素晴らしい超大型産業になるだろう。しかし、それはかなり先のことだ。

ごく近い将来を考えると、環境産業と介護産業は緩やかな持続的生長が期待できるものの、ある産業に属している企業が一斉に成長するといった大型の成長産業は見当たらない。今後多様な資産が証券化されるだろうが、かといって証券業界の企業が一斉に成長するわけではない。今後しばらく、日本経済は長期の低迷に苦しみそうだ。そういう時代の企業経営は難しい。

例えば、製造業では、経営のポイントを多品種少量の高級品か、少品種大量生産型の大型商品か、高密度のハイテク・モジュール部品か、中国などへの工場移転か---。どこに絞り込むかは難しい選択だ。最近の傾向をみると、経営のポイントの置き方や歴史的に築かれた企業文化等の要因で、同じ産業の中でも伸びる企業と衰える企業がはっきりと分かれた。

また、自動車産業ではトヨタ、ホンダが内外市場で圧倒的な強さを発揮しているが、他の多くのメーカーは外資の軍門に降った。電機メーカーではソニーは踏みとどまったが、松下、東芝、日立、富士通はいずれも大型な人員整理に追い込まれた。

小売業では、イオンやイトーヨーカ堂は堅調であるが、ダイエー、そごう、セゾン、マイカル等の大手企業が破綻した。ファーストリテイリング、ダイソー等の新しいタイプの小売店は急成長が一段落したが、なお健闘している。レジャー産業は不振を極めているが、東京ディズニーランドとユニバーサルスタジオは満員だ。 企業が成長するかどうかはどの業種にいるかではなく、どういう体質の企業であるかによるように思われる。成長した企業の特色を整理してみよう。

成長した企業の5つの特色

革新的なシステム

まず第一は魅力ある分野への参入や革新的なシステムづくりに総力を投入した企業だ。
典型的な例はヤマト運輸であり、官業しか存在しなかった個人向け宅配便の分野に参入し、強力な立場を築いた。衣料分野では、ファーストリテイリングが良い例だ。中国に生産拠点を設け、厳しい品質管理システムをつくりあげ、アイテム数を絞り込んだ大量買取り発注によって低価格のユニクロ製品を市場に送り続けた。ダイソーもファーストリテイリングと同じく、大量発注で世界的にみても最も安い価格の商品をを販売した。こうした革新的な経営戦略を展開できたのは、時勢を見抜く力を持つカリスマ的なオーナー経営者がいたからだ。

柔らかい組織

第2には柔らかい組織を築いた企業を指摘したい。製造業の製品は、大きく次の2種類に分けられる。その1つは、製品の性能とそれを構成する多数の部品とが深い関係を持っている分野だ。自動車がそのよい例だ。部品同士の機能を巧みに調整しながら、設計・生産する「調整統合型」の製品である。もう1つは汎用部品を標準的な接続方法で組み立てる「組立型」製品である。パソコンがその例だ。

自動車産業では、部品間のバランスが自動車の性能や価格に大きな影響を与え、設計のわずかな変更でも新部品の開発が必要になる。だが、優れた自動車メーカーは次のような芸当をやってのける。まず関係する技術者・デザイナーが消費者の趣向を先取りした新車の設計を短期間で行う。つぎに膨大な数の部品メーカーによって生産されている多数の部品が、絶え間なく組み立てラインに流れ込む生産システムをつくるのである。その後完成品は連続的に販売店に送られる。部品から完成品まで、どの課程でも余分な在庫が発生しないシステムを造り上げるのである。

このようなシステムは工場現場ではOJT(実地訓練)で鍛え上げられた「幅広い熟練」(法政大学、小池教授)を持った社員達が、絶えず新しい提案をして生産ラインを改良し続けた結果完成する。勿論自動車メーカーと部品メーカーの長期の安定した関係が必要である。

このような組織は、企業の歴史の中から生まれた一種の文化であり、それがかって日本的経営として高く評価された。トヨタもホンダもそうした企業文化を育て、人員整理が行われず、従業員の生活は安定している。これに対して、外資の軍門に降った自動車メーカーは、グローバルな経営戦略を採用し、ドライに大規模な人員整理や部品メーカーのカットを実施している。きっと社員の気持ちはすさび、下請け企業との関係は荒れただろう。これからの再建が大変だ。

ハイテク製品にも多くの「調整統合型」製品がある。オーダーメードの超小型演算装置、多層コンデンサー、半導体生産設備やそのモジュール部品、コンピューターのゲームソフト、人間や動物に近い動作をするロボットなど、日本企業が得意とする生産分野が多い。この分野にはソニー・ホンダのような大企業から中堅・中小の専門企業が活躍し、成長企業が多い。

「組立型」はアメリカの企業が得意であって、デルの低価格コンピューターはその典型だ。アメリカの自動車工業は「組立型」の考え方に立ち、部品のインターネット調達を増やしている。ユニクロは「組立型」で大規模な衣類の生産を行った。海外に工場を移転した企業には「組立型」を志向し、伸びている企業が少なくない。

目標が従業員に浸透

第3にはっきりした目標が従業員に浸透している企業が伸びた。ただし目標には説得力のある価値を含む必要がある。ホンダの目標は高速ドライブを楽しめ、かつ低公害な自動車づくりである。トヨタは楽しい家族ドライブ、低公害、リサイクルである。また、イオングループは環境保護のために、毎年多額な寄付を行っている。従業員は誇らしいだろう。目標がはっきりしていれば、従業員は働き甲斐を感じるものだ。

価値ある仕事で、しかも仲間から仕事ぶりを高く評価されれば、人は猛烈に働くものだ。アメリカの経営学界でも「優秀な企業にはカリスマ的経営者はない。目標に向かって努力するという気風が会社全体に行き渡り、業績が正しく評価されて、同僚から敬愛される企業文化があるだけだ。人間は所得の大きさだけで働くものではない。」という主張をする人が増えている。価値ある仕事を担っているという自覚をもてる企業文化が重要だ。

電機メーカーは経営が多角化し過ぎたため、はっきりした目標がたてにくくなった。どのメーカーも不採算部門から撤収が遅れ、赤字に苦しんだ。家電や半導体等中国の追い上げが激しい品目が多く、家電だけではなく、パソコン、ソフト開発、半導体等の生産拠点を中国に移した。経営巧者だったはずの松下電器も、多角化した製品の多くをグループ内で生産しているためコスト高に苦しんでいる。「企業は公器」という松下イズムが社内に強く浸透し、工場閉鎖や人員整理を避けるという方針に固執したため、機動的な経営方針の転換が遅れ、赤字決算と大量な人員整理に追い込まれた。カリスマ的経営者に率いられて発展したという歴史を持つ企業の転換は難しいものだ。

付け加えれば、市場経済時代入ったからと、専ら利益の増大だけを目標にした企業の多くは失敗した。雪印グループやミドリ十字などの企業は悲惨な結果を招いた。

開放的な組織 

第4には、開放的な組織を作った企業が成功した。NTTの大ヒット商品であるiモードは部長が一人だけ任命された「新しい携帯電話のプロジェクト」から生まれた。部長は資金を与えられ、プロジェクトのメンバーを社の内外から自由に選んだ。ソニーの「アイボ」やホンダの「アシモ」は自由な研究活動から生まれ、カシオが七年前に開発したデジカメの原型は画質を犠牲にするという自由な発想から創られた。

ヤマハ発動機は、オートバイ、船外機、ヘリなどエンジンに関連する製品を開発している。オートバイの性能はエンジンで決まる。それは自動車の性能が車体とエンジンとのバランスによっているのとは大きな違いであり、ヤマハ発動機では研究開発はエンジンと関連製品に集中している。その結果多様な製品が開発され、時には売れ行き不振に悩み、人員整理が行われた。しかしヤマハ発動機の自由な開発システムの中で鍛えられた人材は、退職後続々とベンチャー企業を起こし、中堅ハイテク企業に成長している。

工業集積地に立地 

第5に、工業の集積地の企業が成功し易い。浜松地域からはトヨタ、ホンダ、スズキ、ヤマハ、カワイなど世界の巨大企業が生まれた。現在、浜松ホトニクス、ローランドなどのハイテク大企業が世界市場を制覇している。特殊な製品分野では、世界市場でトップの地位を維持している企業は20社以上もあり、ソフト開発などハイテク中小企業が五〇社以上もいる。

一般的に、ホンダやヤマハに勤めOJTによって技能を修得してから独立する人が多い。機械工業の集積地には、優れた技術・技能を持った人材、高級部品を供給できる企業、製品を購入してくれる企業、資金繰りを援助してくれる企業等が存在しているので、独立しやすい。また競争が激しいため、切磋琢磨して優れた企業に生長する。

スズキは本社周辺の15キロ以内に、主要な部品メーカーを抱えている。技術的に深い関係を保てるので、トヨタ、ホンダに伍して発展できた。浜松地域の集積の強さである。

同様の事例はまだある。東京の渋谷周辺ではコンピューターソフトの企業が集中し、大田区や墨田区では世界的な技能を持った中小企業が集中している。知識や技能が集積したこういう地域では、企業が成長しやすい。

若者は技能を磨け

現在、企業も膨大な負債に押し潰されて前向きな設備投資ができない。国民の多くは将来に大きな不安を持ち消費を節約しているが、日本経済は決して弱くはない。1人あたり所得は世界最高の水準にあり、社会インフラも福祉設備は充実している。悪いのは経済の仕組みであり、これを直すために経済の市場化が急速に進んでいる。

それとともに経営者と従業員の考え方が大きく変わった。今から10数年前までは、経営者の主たる責任は一生を会社に賭けている従業員の生活を守ることだった。人員整理を実施する経営者は失格であり、当然社長は責任をとって辞任すべきだった。一方、株主は自分の利益だけで株を売買する社外の人に過ぎず、彼らの利益を重く考える必要がなかった。

しかし市場経済化とともに、企業の評価や信用は証券市場で決まるようになった。株価が暴落すると資金調達コストが上昇し、信用が落ちるので、すかさずリストラを実施する。これが経営者の当然過ぎる行動であり、思い切った人員整理を実施した経営者は高く評価される。

企業の姿勢が変わると、従業員の企業に対する帰属心が失われた。若者たちは倒産やリストラに備えて、会社を離れても生活できるように技能を身につけたいと考えている。3年前に、長銀と長銀総研が倒産した。長銀のゼネラリストの多くは再就職出来なかったが、長銀総研の働き盛りのエコノミストやアナリストは引く手あまたであり、給与が上昇して転職した者が少なくなかった。

こういう例をみると、若者は技能を習得しやすい企業に就職すべきだろう。企業でしか世の中に通用する技能は磨けない。ところで会社に対する強い帰属心を持った従業員を豊富に抱えている企業がこの長期不況の中で順調に成長している。こうした成長企業に入社して、技能を磨ければこれに越したことはない。

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